「デザインの目的は目標を達成すること」
これは「I♥NY」のロゴを生み出したミルトン・グレイザー(Milton Glaser)のことばです。
グラフィックデザイナーに求められるのは、課題を解決すること。そして、これがアート作品の創造とグラフィックデザインとの違いと捉えられていることが多いでしょう。
文字・画像・色を組み合わせて、視覚的コミュニケーション(ビジュアルコミュニケーション)をおこなうことがグラフィックデザインの役割です。
つまり、グラフィックデザイナーの主な仕事とは、【視覚的コミュニケーションを通してクライアントの課題を解決すること】と言えます。
具体的には、カタログやポスター・商品パッケージ・ロゴデザインなどに、グラフィックデザイナーのクリエイティビティが見られます。また、雑誌や書籍もグラフィックデザイナーが活躍する場です。
わたしたちが身近に接する視覚的コミュニケーションには、ほかにWEBサイトやアプリがあります。こういった分野でもグラフィックデザイナーは重要な役割を担っています。
視覚的にメッセージを伝えるのがグラフィックデザイナー
グラフィックデザイナーが、自身のクリエイティビティを披露したり、創作欲求を満たすために、個人的な作品を発表することはあります。しかし、プロフェッショナルとしての活動は、クライアントのために行うのが一般的です。
クライアントが消費者に届けたいメッセージを、正しく、効果的に伝えるために、グラフィックデザイナーはクリエイティビティを発揮し、技術と経験を活用します。
製品やサービスがどういう点でライバルにまさっているか。従来に比べてどこがアップグレードされたか。だれに向けてのサービスか。こういった情報を、視覚要素の適切な組み合わせによって見込客に届けます。
また、ブランドイメージの向上なのか、拡販なのか、キャンペーンの告知なのか…といったクライアントの目的を理解し、それに合ったデザインを提供することが求められます。
グラフィックデザイナーが手がけるプロジェクトは、経済活動をおこなっている企業や個人だけではありません。政府や地方公共団体、国際的機関、NPO、教育機関、公共施設などもクライアントとなります。
グラフィックデザイナーが扱う視覚要素
文章自体は、コピーライターなどが作成しますが、その文字要素を視覚デザインの観点からアレンジするのは、グラフィックデザイナーの役目です。
書体、フォントの選定、文字の大きさ、ジャンプ率の設定、行間、字間、カーニング…など、テキスト要素に対する作業は多岐にわたります。カラム数、カラム幅の設定や、写真やイラストを含めたレイアウトを調整する作業など、いわゆる「タイポグラフィ 」の知識とスキルも要求されます。
写真やイラストについても、個別の素材はカメラマンやイラストレーターなどのプロフェッショナルが提供するのが一般的ですが、それらの素材をレイアウトするのは、グラフィックデザイナーの仕事です。
写真のトリミングやイラストの配置はグラフィックデザイナーが決めることが多いでしょう。画像に特殊な効果を加えるなどの加工をおこなうこともあります。どのような写真や画像、イラストを準備して欲しいかについては、事前にカメラマンやイラストレーターと打ち合わせをして、要望を伝えたり、ディレクションを行なったりします。
カラーパレットの設定もグラフィックデザイナーの重要な役目です。どの色をどんな組み合わせで、どんな割合で使うか?ということをあらかじめ決めたものがカラーパレットです。
色彩が心理にどう影響するか、消費者はどの色にどんなイメージを持っているかなどの知識が必要になるでしょう。また、印刷用インキと紙質と発色の関係や、デジタル機器のスクリーン上の色と印刷物との違いも知っています。
個々の素材作りや実装作業をおこなわず、アートディレクションに集中するグラフィックデザイナーもいます。同時にいくつものプロジェクトを進めなければならない、経験を重ねたデザイナーの場合もありますし、タイポグラフィやレイアウトは高いスキルを持つプロフェッショナルに依頼し、自身はクライアントのニーズを実現するためにプロジェクトの企画進行に専念するという場合もあります。境目は明確ではありませんが、アートディレクターという肩書きになる場合もあります。
逆に、プロジェクトの規模や内容によっては、写真やイラストなどの要素もグラフィックデザイナーが自分で撮影、作成する場合もあります。
グラフィックデザイナーとWEBデザイナーの違い
グラフィックデザイナーがWEBデザイン分野に転身して、その仕事の進め方の違いに驚いた、というような記事をネット上で目にすることがあります。
グラフィックデザインとWEBデザインは重なる部分も多くあります。視覚コミュニケーションの具現化という意味では本質的に同じ役割です。しかし、具体的な作業やそれにともなう視点やスキルは異なります。
両者を比較することで、グラフィックデザイナーの仕事が理解しやすくなると思います。
グラフィックデザイナーのもっとも重要な役割は、視覚的に魅力的なデザインを通して、ターゲットオーディエンスにメッセージを届けることです。
主に印刷物を対象に制作作業をおこないます。パンフレットやカタログ・雑誌・書籍・商品パッケージ・ポスターなどです。また、WEBサイトやSNS、アプリなどデジタルメディアのビジュアルコンセプトを作ることもあります。
WEBデザイナーがデザインの対象としているのは、WEBサイトやSNSなどのユーザーインタフェイスです。WEBサイトの機能についての技術的な知識や、ユーザーインタフェース(UI)とユーザー体験(UX)についての理解が必須です。HTML、CSS、JavaScriptなどのコーディングや、WordPressなどCMSの知識も求められます。
書体、フォント、画像、カラーパレットといったグラフィカルデザインの基本的な知識に加え、ファーストビュー 、レスポンシブデザイン、グローバルメニュー、コール・トゥ・アクション(CTA)、アクセシビリティといった機能や役割も理解する必要があります。
固定か可変か? – グラフィックデザイナーとWEBデザイナーの違い
グラフィックデザインは、印刷物が対象ですので、紙のサイズやページ数によって、盛り込めるコンテンツの量が限られてきます。文字数・画像・イラストを、その制限の中で最も適切にレイアウトする、という緻密な作業が発生します。文字数を決め、画像やイラスト、余白の大きさなどを厳密に調整しなければなりません。
一方、WEBサイトの場合は、1ページに盛り込めるコンテンツの量については、印刷物ほどの制限はありません。文字数も好きなだけ(理論上は)流し込めますし、画像の大きさや配置の自由度は、はるかに大きくなっています。といってもユーザー体験やユーザビリティへの配慮は必要ですし、自由度が高まるということはそれだけ扱う側のセンスが問われるということになります。
静的か動的か? – グラフィックデザイナーとWEBデザイナーの違い
印刷物は、いったん印刷してしまうと、だれが手にしても同じレイアウト、同じサイズです。書体や文字の大きさ、カラムなど、文字組が変わることはありません。画像やイラストの大きさも固定です。
WEBサイトの場合、閲覧している機器のスクリーンサイズはさまざまで、タテヨコのプロポーションも変わります。ブラウザで設定を変えれば、書体も文字の大きさも変わります。ユーザーの使っている機器に関わらず、コンテンツの情報が伝わりやすいように、レスポンシブなデザインをおこなうのが標準です。
プルダウンメニュー、ボタンなど、ユーザーの操作に反応する、インタラクティブな機能も適切にデザインする必要があります。
CMYKかRGBか? – グラフィックデザイナーとWEBデザイナーの違い
印刷物を見るときは、インキで反射した光で色を感じます。光に含まれた色の一部が、インキに吸収されずに反射された特定の波長の光をひとの目が色と感じます。プロセス印刷の場合、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の色の3原色に、キートーン(K)として黒を加えた4色を掛け合わせて、さまざまな色を表現します。
ウェブサイトなどを閲覧するデジタル機器のスクリーンは、バックライトなどによって発光することで色を表現します。画面は、赤(R)、緑(G)、青(B)の光の3原色でさまざまな色を表現します。
発色の原理が異なるので、デジタル機器のスクリーン上の色と印刷したときの色は完全には一致しません。グラフィックデザイナーは、印刷したときの発色を意識して、デジタルデータを作成します。
ロゴデザインとグラフィックデザイナー
ブランディングにおいて、ロゴデザインはとても重要です。ロゴはブランドの顔といってもいいでしょう。ロゴの特殊性は、ありとあらゆるタッチポイント、印刷であろうと、デジタル画面であろうと、同じトーンで同じメッセージを伝えなければならないという点にあります。
ですから、ロゴを制作するデザイナーは、グラフィックデザインとWEBデザインの両方について、十分な知見とスキルを持っている必要があります。さらには、ブランディングやマーケティングについての理解がなければ、成功するロゴデザインづくりは難しくなるでしょう。
■チェックしておきたい海外のデザイナーやアーティスト
最後に、海外のグラフィックデザイナーのほんの一部を紹介します。グラフィックデザイナーに興味のあるひとは、作品をチェックしてみてはいかがでしょうか。
ポーラ・シェア(Paula Scher)
ポーラ・シェア(Paula Scher)は、70年代から80年代にかけて数多くのレコードジャケットやポスターをデザインしました。イラストレーターとの共作による、ロックバンド、Boston(ボストン)のデビューアルバムのジャケットもシェアの作品です。
デヴィッド・カーソン(David Carson)
デヴィッド・カーソン(David Carson)は、教師であり、サーファーでもあるグラフィックデザイナーで、「グランジ・スタイル」と呼ばれるタイポグラフィ様式を生み出しました。『Ray Gun(レイ・ガン)』誌などを出版物を多く手掛けています。
ミルトン・グレイザー(Milton Glaser)
ミルトン・グレイザー(Milton Glaser)は、「I♥NY」ロゴを生んだ伝説的デザイナーであり、イラストレーターです。イラストとユーモラスな表現で大きな影響をおよぼしたプッシュピン・スタジオ(Push Pin Studios)の創設者のひとりでした。
マッシモ・ヴィネッリ(Massimo Vignelli)
マッシモ・ヴィネッリ(Massimo Vignelli)は、ミニマルデザインの巨匠です。アメリカン航空のロゴやニューヨークの地下鉄のサインを手がけました。ドキュメンタリー映画『ヘルヴェチカ』(Helvetica)にも関わっています。
ジェシカ・ウォルシュ(Jessica Walsh)
ジェシカ・ウォルシュ(Jessica Walsh)は、ブランディングと広告制作を専門とする「& Walsh」を設立しました。クリエイティブ業界では1%にも満たない、女性が代表のクリエイティブエージェンシーです。ウォルシュのデザインは、皮肉とユーモアに満ち、強いメッセージを発しているのが特徴です。
アーロン・ドラプリン(Aaron Draplin)
アーロン・ドラプリン(Aaron Draplin)は、ドラプリン・デザイン社の創設者。スノーボーダーからデザイナーに転身しました。大胆でカラフルなデザインで知られ、ナイキや『Esquire(エスクァイア)』誌などのプロジェクトに携わっています。
アレックス・トロシュート(Alex Trochut)
アレックス・トロシュート(Alex Trochut)は、スペイン出身のグラフィックデザイナー、イラストレーター、タイポグラファーで、ニューヨークを拠点に活躍しています。ケイティ・ペリーのシングル『Roar』や、ザ・ローリング・ストーンズのアルバム『Rolled Gold: The Very Best of the Rolling Stones』のジャケットに見られるような独特のタイポグラフィデザインで知られています。
【参考資料】
・Graphic designer – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Graphic_designer)
・グラフィックデザイナー – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/グラフィックデザイナー)
・トニー・セダン 著、長澤忠徳監 訳、和田美樹 訳『20世紀デザイン グラフィックスタイルとタイポグラフィの100年史』、東京美術
・グラフィックデザイナーになる方法 – 役立つ10のヒント (https://amix-design.com/asoboad/blog-869-47085.html)
・グラフィックデザインとは -歴史と種類- (https://amix-design.com/asoboad/column-9-5059.html)
・美術史から知るグラフィックデザインについて (https://amix-design.com/asoboad/column-7-4948.html)
・世界のベテラングラフィックデザイナーから若いデザイナーへのアドバイス (https://amix-design.com/asoboad/blog-891-47116.html)
・ミルトン・グレイザー (Milton Glaser) – ニューヨークから世界に影響を与えた多能のグラフィックデザイナー (https://amix-design.com/asoboad/blog-954-24708.html)
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