記憶に残っている印象的な広告はなんですか?理由は、キャッチコピーが気が利いていたからでしょうか。ビジュアルのインパクトが強かったからかもしれませんね。
自動車ブランドのフォルクスワーゲンが、1959年に米国で展開された「Think Small(小さく考えよう)」キャンペーンは、広告史に残る名作です。目にしたひとも多いでしょう。ミニマリスティックなデザインながら、驚きの要素に満ちています。
日清のカップヌードルのコマーシャルも、いろんなアプローチで驚きを届け続けている広告のひとつです。クリエイターの創造性には感服します。歴代のテレビCMはいずれもおもしろい作品ですが、海外では国内市場向けとは少し趣きの異なるキャンペーンが展開されています。
今世紀に入って、テレビや新聞、雑誌よりも、インターネットやゲームアプリなどに触れる時間が長くなっています。そこで用いられ定いる手法は、バナー広告やレコメンデーション、プロダクトプレイスメントといった従来のマス広告とは異なるものです。
わたしたちと広告との付き合いは長く、広告の本質的な役割は変わりません。しかし、テクノロジーの進化を受けて、時代とともに形態が多様化しています。その一部をごく簡単にご紹介しましょう。
すでに5000年前にあった広告チラシ
現存する最古の広告は、エジプトで5000年前に使われたパピルスのチラシと言われています。古くから紙を使っていた古代中国でも、広告チラシは使われていました。
中世ヨーロッパでは、文字の読めないひとびとのために、取り扱っている商品に関連する画像が広告に使われるようになります。靴、帽子、ハサミ、馬蹄、パン、キャンドルなどが、看板として掲げられました。
蒸気機関で動くフリードリヒ・ケーニヒの印刷機(1814年)
18世紀後半に産業革命が起こると、印刷機械が進化し、大量印刷が可能になります。新聞や雑誌の刊行が盛んになるとともに、それを媒体として、広範囲で大勢のひとびとに広告メッセージが届けられるようになりました。
20世紀になってラジオやテレビが普及すると、コミュニケーションの規模は桁違いに拡大します。さらに、インターネットの浸透とデジタル機器、デジタルメディアの登場によって、インタラクティブな双方向性という新しい機能が広告にも変化をもたらしました。
文字や画像、音声で、プロダクトやサービスの優位性とユーザーメリットを、一度に多くのひとびとに伝える、という広告の基本的な目的は、太古から変わっていないと言えます。しかし、そのあり方は、媒体の進化とともに多様化してきました。
19世紀に始まった近代の広告
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、現代の広告の基礎が作られたと考えられています。
18世紀後半に始まった産業革命は、19世紀に勢いを増し、大量生産、大量輸送を可能にしました。これによって、生産量の増えた製品を大規模に販売する必要が生まれます。市場で優位に立つために、広告の重要性が大きくなりました。
さらに、商品の価格が下がり、人々の手が届くようになったため、自分で生産しない物品や近所で作られていない製品でも、誰もが買えるようになりました。消費社会、消費文化の出現です。人間心理に基づいて消費者を刺激し、商品をアピールする広告手法が生まれます。
先に述べたように、印刷技術の進化、機械化によって、新聞や雑誌が大きく発展しました。地理的制限を超えて、さまざまな情報があらゆるひとびとに届けられるようになります。広告にとっても重要な媒体となりました。
広告料をとった最初の新聞『プレス』
フランスの新聞経営者で政治家のエミール・ド・ジラルダン(Émile de Girardin)が、1836年に新聞『プレス(La Presse)』を創刊しました。この『プレス』紙は、広告料をとった最初の新聞です。
広告収入を新聞経営の土台としたため、講読料は手ごろな価格になり、『プレス』紙の発行部数は増えました。この結果、広告を目にする消費者が増え、新聞広告の役割が重視されるようになります。
日本では、19世紀後半に日本語の新聞が発刊されるようになり、広告も掲載されました。
ほどなくして広告代理店が誕生
ジラルダンが『プレス』紙を発刊して間もない1840年ごろ、ボルニー・B・パーマー(Volney B. Palmer)が最初の広告代理店を米国フィラデルフィアで創業します。これは、複数の新聞のスペースを大量に買って、広告主に高く売る、ブローカーのような形態でした。
J・ウォルター・トンプソンの自社広告
J・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson)社が1864年に設立されました。同社は、広告スペースの売り買いだけでなく、広告制作から、パッケージデザイン、トレードマークなどフルサービスを提供する最初の広告代理店のひとつでした。
同時期には、クライアントに代わって広告を立案、制作する、現代の広告代理店と同様の専門的フルサービス・エージェンシーが、ほかにも誕生し始めました。
ラジオとテレビの登場
20世紀初頭にラジオ、20世紀半ばにテレビが登場すると、新聞・雑誌で生まれたマス広告の規模がさらに巨大になります。印刷物に比べ、物理的距離の制約がさらに弱くなり、膨大な数のひとびとにリーチする可能性が生まれました。
また、音声と映像で消費者に訴えかけることで、よりインパクトの強い広告が打てるようになります。結果、広告戦略や戦術が大きく転換しました。
最初のラジオCMはインフォマーシャル
1922年にニューヨークのラジオ局で、最初のラジオコマーシャルが放送されました。しかし、当時は放送中に直接的な売り込みをおこなうことが禁じられていたため、いわゆるラジオCMが流れたわけではありません。現在のインフォマーシャルのような形でした。
番組は、ニューヨークの郊外にあるホーソーン・コートという集合住宅の紹介でした。都会の喧騒を離れた、自然の中での暮らしが、いかに快適かということを、10分間の番組枠を買い取った不動産会社の代表が説明しました。
代表は番組の最後にようやく、「野原に近く、フレンドリーな環境のホーソーン・コートへ急ぐようおすすめして、番組を終わります」と告げます。集合住宅の価格には触れられることはなく、社名が口にされたのも1回だけでした。
数年後には、現在のようなラジオ・コマーシャルが解禁されました。米国では、30年代から40年代は「ラジオの黄金時代」と言われています。当時の最先端のメディアによって、広告は消費者にリアルタイムでダイレクトに語りかけることが可能になりました。
最初のテレビCMは時計の広告
米国でテレビ放送が開始されると、放送広告の主役はラジオからテレビにバトンが渡されます。
最初のテレビCMは、1941年に放映された、米国の時計ブランド「Bulova(ブローバ)」のものです。ブルックリン・ドジャース(ロサンゼルス・ドジャースの前身)とフィラデルフィア・フィリーズの野球の試合の前に流れた、10秒間のスポット広告でした。
映像は、「Bulova」の文字がはいった時計が、米国の地図の上に重ねられたもので、「America runs on Bulova time.(アメリカはブローバの時間で動いている)」というナレーションが入れられました。
ただし、このCMが放映された当時の米国内のテレビ受像機の数は1万台に満たなかったそうです。テレビ時代の幕開け前の話です。
最初のバナー広告は1994年に登場
テックカルチャーマガジン『Wired(ワイアード)』誌は、1993年に創刊しました。その翌年の1994年にはウェブサイト『HotWired(ホットワイアード)』が開設されます。
『HotWired』にバナー広告を最初に掲載したのは、AT&Tでした。AT&Tは、テックが実現する未来の姿を紹介する、「You Will」というキャンペーンを2年前から展開していました。
『HotWired』の最初のバナー広告は、文字だけで構成されたものです。「マウスでここをクリックしたことがありますか?」と問いかけるコピーと、その矢印の先に「You Will」という文字を置いただけのシンプルなものです。
掲載後の4ヶ月間で、バナーを見た訪問者のうち、クリックした割合は44%にものぼったといいます。
コトラーによる「広告」の定義
「近代マーケティングの父」とも呼ばれるフィリップ・コトラー氏は、企業が利害関係者や大衆とのコミュニケーション手段の主要な方法として、広告、販売促進、パブリックリレーション(PR)、人的販売、ダイレクト・マーケティングの5つを挙げています。
prof. Philip Kotler at Warsaw – Jack11 Poland(CC BY 3.0)
そして、広告を次のように定義しています。
「広告とは、スポンサー名を明らかにして行われる、アイデアや財やサービスの非人的なプレゼンテーションとプロモーションのうち、有料の形態をいう」(『コトラーのマーケティング・マネージメント(第10版)』、ピアソン・エデュケーション)
【広告を出しているのは誰か、ということが明示されている】というのはひとつのポイントだと思います。また、「非人的」というのは、営業スタッフや販売員が対面ダイレクトに売り込むことは広告には含まれない、という意味です。早稲田大学の嶋村和恵教授は、著作の中で広告は「人間以外の媒体に料金を払って利用して行う情報提供活動」であると表現しています。
目的別の広告の種類
広告の分類の仕方はさまざまです。コトラー氏の著書から1つの例を紹介します。
情報提供型広告
導入段階の製品やサービスを訴求する場合によく使われます。まだ市場に存在しない新しいカテゴリーの商品の場合は、消費者にそれがなんであるかを知ってもらう必要があります。
ソニーは1978年に初代ウォークマンの発売を開始しました。カセットケースサイズのコンパクトなプレーヤーです。ユニークだったのはサイズだけではありません。録音機能がない再生専用機であり、ヘッドホンジャックを2つ備えていたり、ヘッドホンを外さなくても会話ができる「トークボタン」が付いていたりと、一般的なテープレコーダーとは一線を画すものでした。
好きな音楽を持ち出して、歩きながら自由にステレオサウンドを楽しむことを可能にし、新しいカルチャーを生んだ画期的な商品でした。
初期のテレビコマーシャルは、ウォークマンという新しいカテゴリーの製品とそのメリットを丁寧に訴求しています。「ステレオが部屋を出た」というナレーションが印象的です。ポップなロゴや軽快な演出に目が行きがちですが、しっかりと情報を提供しています。
初代ウォークマンの海外の雑誌広告でも、製品コンセプトとユーザーベネフィットをテキストで実直に説明しています。
説得型広告
競争段階にある製品やサービスの広告でよく使われます。他社よりもすぐれていることをはっきりと示すために、比較広告という形がとられることもあります。
マクドナルドは1993年に、オーストラリアのメルボルンで「McCafé(マックカフェ)」をスタートしました。スターバックスなどと同じくシアトル系エスプレッソコーヒーのチェーン店で、現在では米国をはじめ世界各国で展開しています。ハンバーガーショップとは独立した形態で、日本の「McCafé by Barista」(マックカフェ バイ バリスタ)とは若干異なります。
McDonalds Spoofs Hipster Coffee Culture in New McCafe Commercial
上記のコマーシャル動画は、2017年に公開されたものです。シアトル系カフェは競合の多いカテゴリーです。「McCafé」の優位点をユーモラスに訴える、ちょっとひねった比較広告と言えるでしょう。
リマインダー型広告
成熟期に入った製品の広告でよく使われます。あまりになじみ過ぎて、生活の背景に溶け込んでしまいそうな製品やサービスを、もう一度思い出してもらうことが目的です。
リマインダー型広告のなかでも、消費者にその商品を選んでよかったと思ってもらえる形態を「強化型広告」といいます。ブランド・ロイヤルティの強化と言えます。
コカ・コーラはとても長い歴史を持つ世界的ブランドです。コカ・コーラは、子供達の草の根サッカーを、四半世紀以上もサポートしてきました。ジンバブエでスタートしたこの活動は、現在「Copa Coca-Cola(コパ・コカ・コーラ)」として、世界中の子供たちを応援しています。
Coca-Cola – Everything for Football – Jones+Tino
上記のコカ・コーラのプロモーション動画は、「サッカーにすべてを捧げた君は、サッカーに報われる」というメッセージを込めた感動的なものです。社会貢献しているブランドを再認識した消費者は、自分の選択の正しさを確かめられます。
好きな広告や気になる広告は、上記のどれを目的として作られているのでしょうか。そういう観点から分析してみると、あたらしい発見があるかもしれません。
さまざまな広告媒体
新聞、雑誌、ラジオ、テレビは、マスコミ4媒体と言われます。それ以外にも、ありとあらゆるものが広告媒体となり得ます。
無料で配られているティッシュペーパーから、自在にフォーメーションを変化させるドローン編隊まで、アイデア次第です。ラッピング広告に包まれたバスや電車、飛行機も媒体です。
コンサートやミュージカルのパンフレット、ハガキ、DMは今でも健在です。POPや紙袋も広告媒体となります。
屋外看板やデジタルサイネージ、映画館のスクリーン、駅構内も広告媒体です。スタジアムなどでは、設置されている看板やビッグスクリーン以外にも、ネーミングライツがあります。
入場券にもスポンサーのブランドロゴが入っているかもしれません。アスリートのユニフォームや、モータースポーツのスーツや車体にもロゴがひしめいています。
なかなか見かけることのなくなったレトロな媒体としては、電話帳やマッチなどがあります。一方、ウェブサイトやSNS、動画サイト、ゲームアプリは、まさにネット時代の主戦場です。
21世紀の広告
インターネットのインフラ化、デジタルテクノロジーの普及によって、従来の広告ではできなかったことが可能になっています。
マスコミ4媒体が主役の時代は、広告キャンペーンの効果を測定するのは困難でした。プレゼントやクーポン、媒体の視聴率や発行部数から推測していました。現在では、インターネット経由のアクセスやユーザーの行動は、以前とは比較にならない精度で把握できます。
従来のマス広告は、広告主から消費者への一方通行でしたが、インターネット経由では双方向性が確率しています。ユーザーごとにもっとも効果的と考えられる広告が表示されます。
さらには、消費者自身がインターネットを介して世界中に情報を発信できるので、広告主と消費者という関係は単純ではなくなっています。未来学者アルビン・トフラー氏が1980年の著書『第三の波』で名付けた「プロシューマー」(生産者+消費者)が、いよいよ現実味を帯びてきました。
先に紹介したコトラー氏の定義では、有料の媒体を利用したものが広告であるとされています。しかし、現在は、いわゆる「ペイドメディア」に加えて、「オウンドメディア」「アーンドメディア」を介したコミュニケーションが可能なため、広告の再定義が必要とされていますが、まだ確固たるものはありません。
現在、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、人工知能(AI)が加速度的に進化しています。数年のうちに、シンギュラリティ(技術的特異点)をむかえるという予測もあります。
技術の進化とともに変容してきた「広告」は、これからどのような方向に向かうのか、興味はつきません。
【参考資料】
・Advertising – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Advertising)
・History of advertising – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_advertising)
・広告 – Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/広告)
・The Origins of Marketing and Advertising – Anchordigital (https://anchordigital.com.au/the-origins-of-marketing-and-advertising/)
・フィリップ・コトラー 著、恩藏 直人 監修、月谷 真紀 翻訳『コトラーのマーケティング・マネジメント ミレニアム版(第10版)』、株式会社ピアソン・エデュケーション
・トニー・セダン 著、長澤忠徳監 訳、和田美樹 訳『20世紀デザイン グラフィックスタイルとタイポグラフィの100年史』、東京美術
・宣伝会議編集部 編、『宣伝広告の基礎 (宣伝会議マーケティング選書)』、宣伝会議
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