
2021年11月に、人知れずフランス国旗の色が変えられていたことが話題になりました。公式なアナウンスなしに国旗の色を変更するなんてことがあるのだろうか、とニュースを知って不思議に思ったひとも多いと思います。
フランスの大統領官邸(エリゼ宮)に掲げられる国旗が、2020年から新しい色になっていたのですが、これが明らかになったのは、今年の秋に出版された本に書かれていたからです。
色の変更を決めたのは、エマニュエル・マクロン仏大統領と言われています。理由は何でしょうか。この奇妙なエピソードについて見てみましょう。
「これまでは本当の国旗ではなかった」
2021年9月に出版された『Élysée confidentiel』は、ふたりのジャーナリストが、マクロン大統領に近い人々に取材し、官邸の実情をまとめた本です。邦題をつけるとすれば「大統領府の機密」のような感じでしょうか。
その本では、エリゼ宮の運営責任者Arnaud Jolens氏が国旗変更の発案者であるとされています。Jolens氏は、2020年の革命記念日(7月14日)前夜に、色の異なる2種類の国旗を持って大統領のオフィスを訪れました。大統領府のすべての建物の国旗を翌日に取り換えるつもりであることを伝えると、大統領は微笑みます。本には、次のようなJolens氏のことばがあります。
「ジスカール・デスタン(元大統領)氏が、欧州各国と親善回復を進めるなかで、美的理由から青の色合いを変更しました。しかし、それ以来、歴代の大統領のもとにあったのは本当のフランス国旗ではなかったのです」
そして、大統領官邸まわりの国旗の色が変えられたというわけです。
さらに驚くことに、大統領演説などの場では、以前とは色の異なる国旗が、2018年ごろからすでに使われていたことがわかりました。演台の近くには国旗が置かれます。今回の変更が明らかになると、複数メディアが、互いに異なる年の映像や写真を比較し、色が違うことを確認しました。言いかえると、そういう公式の場で使われていたにもかかわらず、最近までメディアも気がついていなかったのです。
国旗の色変更も、「リブランディングの一例」として読み解ける
フランス国旗の青色変更は、政治的・象徴的な出来事として報じられますが、デザインの視点で眺めると「巨大な組織のリブランディング」と同じ構造を持っています。アイデンティティを構成する基本要素(この場合は色)を変えるときに、過去との連続性をどう扱うかが論点になる、という意味で同じです。
企業ロゴでも、創業時のカラーを変えるかどうかは大きな判断になります。古いブランド資産を手放すリスクと、新しい時代に合わせるメリットを天秤にかける作業は、国家でも企業でも本質的には同じです。1976年のジスカール・デスタン大統領による「明るい青への変更」は、欧州統合という時代の文脈を反映した変更でした。2021年の「ネイビーブルーへの回帰」は、フランス革命の伝統に立ち返るという判断です。
注目したいのは、いずれの変更も「強い理由(時代背景・象徴性)」を持って行われていることです。色を変えるからには、変える理由が後から説明できる、というのは、企業ブランディングにも通じる教訓です。「なぜこのタイミングで変えるのか」「変えた後に何を伝えたいのか」が明確であるほど、変更の正当性が時間とともに認められていきます。
ネイビーブルーは伝統への回帰
フランス国旗は青、白、赤の三色の帯で構成されていることはよく知られています。Jolens氏のことばにあるように、変更されていたのはブルーの色合いです。変更後の色はネイビーブルーで、以前の国旗よりも暗く落ち着いた色になっています。

(※厳密な仕様によれば赤の色味も異なる)
マクロン大統領が「本物ではなかった」と否定している以前の国旗は、実は、1976年に当時のジスカール・デスタン大統領が色を変更したものでした。「欧州旗(おうしゅうき)」と並べても違和感がないようにと、ネイビーブルーだった青色を明るくしたのです。ですから、ネイビーブルーへの変更は、1976年以前の伝統への回帰ということになります。

「マクロン大統領はフランス革命当時の三色旗に色に戻したかった」と大統領府関係者がメディアのインタビューに答えています。ネイビーブルーの三色旗は、フランス革命や第1次世界大戦、第2次世界大戦で戦った英雄を思い起こさせるものだとも言っています。
欧州旗とジスカール・デスタン元大統領

欧州旗は、EU(欧州連合)の旗として採用されていますが、EUが発足する1993年よりもはるか以前から、ヨーロッパ全体のシンボルとして存在していました。1970年代、EUの前身であるEC(欧州共同体)は停滞の時代を迎えていて、欧州統合は進んでいませんでした。
ヴァレリー・ジスカール・デスタン氏は、1974年から1981年までフランス大統領を務め、統一通貨ユーロの下地を作るなど、欧州の統合に大きく貢献した人物です。欧州統合の推進派であったジスカール・デスタン大統領が、1976年に欧州旗の色合いにマッチするようにフランス国旗の色を変えたのには、なんとしても統合を進めたいという願いがあったのでしょう。
ジスカール・デスタン元大統領は、2020年12月2日に、新型コロナウイルスの合併症により94歳で亡くなりました。EU発足から四半世紀以上を経ての国旗の色変えをどのように感じていたのでしょう。
なお、ジスカール・デスタン元大統領の決めた色をマクロン大統領がネイビーブルーに戻したからといって、EUに反対する姿勢を表しているわけではない、と現政府当局は強調しています。
ふたつの青が混在していたフランス国旗

当然ながら、フランス国民の間では今回の色の変更について賛否が分かれています。「欧州旗と並べたときに青の色合いが揃わないので見た目によくない」という反対意見があれば、「以前の明るいブルーよりもネイビーブルーの方がエレガントだ」という賛成派もいます。
フランスは、2022年4月に大統領選挙を控えていることから、政治的意図を勘ぐるひとも少なくありません。
ノスタルジーを感じるという意見もあります。ジスカール・デスタン元大統領が色を変える前の国旗を目にしていた世代のコメントでしょうか。
ところが、1976年に明るい青に変わって以降も、別の場所ではネイビーブルーの国旗が使われていたのが事実です。フランス海軍など多くの公的施設ではネイビーブルーのままでした。シャンゼリゼ通りにそびえ立つパリの象徴、凱旋門に掲げられる国旗もずっとネイビーブルーであったことを、大統領府関係者が認めています。
大統領官邸によると、国旗の取り替えコストは5,000ユーロ(約64万円)で、エリゼ宮で掲げられる国旗にのみ使われたということです。また、国旗を掲げている政府省庁や市役所、学校などが、いま使っているものと取り換える必要はなく、指示を受けた機関もありません。
つまり、これまでも明暗2種類の三色旗が存在していたし、これからも混在するということです。「さっそく新しい色の旗を買いに行くよ」とテレビのインタビューに答えるレストランオーナーもいました。もしかすると、むしろ市中での色の不統一がさらに広がるかもしれませんね。
「同じ青」でも、何を象徴するかは時代と文脈で変わる
記事で興味深いのは、「フランス国旗の青」がずっと一色だったわけではなく、時代によって明るい青とネイビーブルーが入れ替わってきた、という事実です。これは「色そのものに固定された意味があるのではなく、文脈が意味を作る」というデザインの基本原則を、国家規模で示している例とも言えます。
明るい青は、欧州統合を象徴する「開かれた・現代的・連帯」というニュアンスを担っていました。一方、ネイビーブルーは「伝統・革命の精神・自国アイデンティティ」のニュアンスを担います。同じ「青」というカテゴリでも、トーンの違いが象徴するものが大きく変わってくる、ということです。
企業ブランドにおいても、色のトーン選びは似た構造を持ちます。「明るいスカイブルー」と「深みのあるネイビー」では、同じ青系であっても受け取られる印象がまったく違います。色を選ぶときには、色相だけでなく「明度・彩度のトーン」が伝える意味まで含めて検討すると、ブランドが届けたい価値観に合った選択がしやすくなります。
フランス国旗の正しい色は何?
このように大統領が国旗の色味を変更できるのは不思議かもしれませんが、在仏日本商工会議所のサイトによると
「フランスの旗は青、白、赤の3色旗とする、との規定は憲法第2条に定められているが、細かい色調の指定は大統領の決定権に属する」
ということです。
歴史的には、1852年の第二帝政以降はミッドナイトブルーに近いダークブルーが定着したようです。1858年にフランス海軍水路測量局から初版が発行された『Album des pavillons』という書物の現行版では、青がパントン(PANTONE)282C、赤が186Cに相当すると示されているようです。それぞれアプリでHex値に変換してみると、282Cが#041E42、186Cが#C8102Eとなります。
ジスカールデスタン元大統領の明るい色味については、在ドイツフランス大使館が同じくパントンで示した目安があったようです。青はリフレックスブルー(Reflex blue、C-44)、赤がレッド032C(Red 032 C)です。こちらのHex変換値は、それぞれ#001489と#EF3340となります。
どちらが好みか、一度確かめてみてはいかがでしょう。
公式の色は「Pantone番号」で固定しないと、時間とともに揺らいでいく
記事の最後で、フランス国旗の色がパントン番号や16進カラーコードで明示されている点は、注目しておきたい部分です。これは、ブランドカラーを長期で守るうえで欠かせない要素です。
たとえばRGB値だけで色を定義してしまうと、印刷物・染色・塗装など物理媒体で再現するときに、媒体ごとに色がずれてしまいます。Pantone番号という「インキの混合レシピが指定された色基準」で定めると、紙・布・金属・塗装などの異なる素材でも、できるかぎり同じ色を再現できる可能性が高まります。
国旗の話に限らず、企業ロゴ・コーポレートカラー・パッケージカラーなど、長期で同じ色を使い続けたい対象には、Pantone番号(あるいは各種特色の指定)を最初から決めておくのが大事です。RGB・CMYKだけだと、媒体や年代をまたいでズレが蓄積していきます。「色を決める」と「色を守る」は別の作業で、後者には数値による厳密な定義が必要、という前提を持っておくと、長期運用でのブレを抑えられます。
【参考資料】
・Macron switches to using navy blue on France’s flag – reports – BBC News (https://www.bbc.com/news/world-europe-59283134)
・Macron reverts French flag to navy blue from lighter EU shade | Euronews (https://www.euronews.com/2021/11/15/macron-reverts-french-flag-to-navy-blue-from-lighter-eu-shade)
・The French Tricolour Flag | Gouvernement.fr (https://www.gouvernement.fr/en/the-tricolour-flag)
・Flag of France – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_France)
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