2018年2月に米国フロリダ州のパークランド高校で銃乱射事件が起きました。若い命を奪われたホアキン・オリバーの両親は、銃規制を訴える団体Change the Refを設立します。
今年の6月にChange the Refが『失われたクラス(The Lost Class)』という動画を公開しました。登場するのは全米ライフル協会(NRA)の元会長、そして銃所有の権利を訴える活動家です。(※紹介する動画は当サイトの制作事例ではありません)
3044脚のイスに演説する全米ライフル協会の元会長
動画『失われたクラス』は3つのコンテンツで構成されています。
ひとつ目は、全米ライフル協会の元会長、デービッド・キーン氏のドキュメンタリー映像です。キーン氏は銃購入者の身元調査の義務づけに反対しています。
ジェームズ・マディソン高校の卒業式にキーン氏が招待されました。会場には数多くの椅子が並べられていますが、だれも座っていません。キーン氏はステージに立ってスピーチのリハーサルを始めます。
高校の名前は、「憲法の父」と呼ばれる第4代大統領ジェームズ・マディソンにちなんで付けられました。キーン氏は、憲法修正第2条が武器を保有し携帯する権利を個人に保障しているとの立場から、椅子に座るはずの卒業生たちに向けた祝辞を述べます。
「諸君の多くは修正第2条を骨抜きにしようとする人々を阻止してくれるだろう」
そこで映像は暗転し、まさに事件の起こっているときに、警察に通報する生徒たちの緊迫した肉声が切れぎれに挿し込まれます。血がたくさん流れていることを伝える涙声や警察の対応。
さらにキーン氏のスピーチは続きます。
「夢を追いかけて実現させてください。夢はかならずかないます」
会場にならべられた椅子の数は3044脚。これは、2021年に卒業を予定していたけれども、銃によって命を奪われた高校3年生の人数と同じです。キーン氏のリハーサルスピーチが終わると、次のことばが表示されます。
「生徒たちから拍手が送られることは決してない」
銃で命を奪われた高校生ひとりひとりのために
ふたつ目の動画に登場するのは、『More Guns, Less Crimes(銃が増えれば犯罪が減る)』の著者で活動家のジョン・ロット氏です。 ロット氏もキーン氏同様、学校名の由来であるジェームズ・マディソンと憲法修正第2条に触れます。
「銃を禁止して犯罪が減った場所などどこにもない」
そして、ロット氏のリハーサルスピーチの間に、乱射事件のまっただ中にある高校生と警察との電話のやりとりが挿入されます。
ロット氏のスピーチは「皆さんには明るい未来が待っています」と締めくくられ、画面には次のメッセージが表示されます。
「簡単な身元調査があれば、彼らの多くが助かっただろう」
3つ目は、先の2編のメイキング映像です。ホアキン・オリバーの父マヌエルと母パトリシアが、Change the Refを立ち上げた理由や、『失われたクラス』の意図を説明します。銃を規制する法律を求める誓願書への署名を募るためのプロモーション動画が『失われたクラス』なのです。
リアリティ番組の手法
実は、ジェームズ・マディソン高校というものは存在しません。ロット氏は主催者から銃規制についてスピーチするよう頼まれたと述べています。キーン氏もロット氏も、本物の卒業式と信じ込んでいたようです。言ってみれば、「ドッキリ」を仕掛けるリアリティ番組の手法なのです。
銃の規制強化に反対のふたりの動画をなんらかの方法で入手して、事件の音声を編集するという方法もあったかもしれません。しかし、卒業するはずだった3044名の前で、銃規制反対派の主張は成立するのか、という強いメッセージを送る必要がありました。そのために、不条理に奪われた命の象徴としての椅子に向かって、同じ主張をしてもらうという演出が考え出されたのです。
別の目的でロックダウンを求める動画
Change the Refは『ロックダウンに戻せ(Bring Back Lockdown)』という動画も公開しています。この動画の中でパークランド高校のひとりの生徒が淡々と訴えているのは、ロックダウンをもう1年、場合によっては今後10年間続けて欲しいということです。
人気のない通りや交通機関、そして高校の教室などが次々と映し出されます。COVID-19の感染拡大を抑え込むためにおこなわれたロックダウンの風景です。新型コロナの脅威や早く以前のように集まりたいと思わせる映像ですが、ナレーションは安全のためにロックダウンしてほしいと語ります。画面に現れたメッセージは次のものです。
「パンデミックが学校での乱射事件を初めて減らした」
ナレーションを入れていた高校生の「学校であの事件が起きて以来、ロックダウンがいちばん安心だった」ということばに胸が痛みます。
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