極太で読みやすいだけでなく、文字幅が狭いため、限られたスペースに多くの文字を入れられる書体。それがインパクト(Impact)です。主にポスターや広告の見出し用途のために開発されました。ボールド・コンデンスのサンセリフ書体です。
1960年代に金属活字書体として生み出されました。90年代になるとデジタルフォントが作られ、米マイクロソフト社のウィンドウズ(Windows)にバンドルされます。さらに2000年代になると、インターネット・ミームのひとつであるイメージマクロの定番書体となり、「ミームフォント」と呼ばれるようになりました。
ゲームストップのロゴ(アメリカ)
・ゲームストップのロゴ / JHVEPhoto – stock.adobe.com
世界最大のコンピューターゲームの小売チェーンブランド、米ゲームストップ(GameStop)が2000年から使い始めたロゴタイプの書体はインパクトです。「G」と「S」を大文字にしたキャメルケースで組まれています。「Game」が黒で「Stop」が赤。書体インパクトとあいまって、とても力強いデザインになっています。
ゲームストップの前身は1984年に創業しました。2000年に社名がゲームストップに変わったのですが、なぜこのようなブランド名になったのか興味がわきます。バスの停留所のことを英語でバスストップ(bus stop)と言いますが、それと同じようにゲームにアクセスしやすい場所という意味が込められているのでしょうか。
しかし、赤い「Stop」は一時停止の道路標識を連想させます。「ゲーム、ストップ!」というメッセージにも取られかねないブランド名とロゴデザインを、ゲームソフトや機器の販売店が採用したというのが面白いです。書体の名前のように、まさにインパクトのあるロゴタイプです。
ゲームストップのロゴタイプは、2021年に手直しがおこなわれました。全体にカーブが滑らかになったり、わずかながら丸みが強められたりしています。「G」や「S」、「a」「t」などの曲線などで違いがわかります。また、ネガティブスペースも少し大きくなりました。「p」のディセンダーも少し長くなっています。色も、黒からダークグレーに変えられ、赤がやや暗めになりました。
ミュラーミルクのロゴ(ドイツ)
・ミュラーミルクのロゴ / AlenKadr – stock.adobe.com
ドイツの乳製品ブランド、ミュラー(Müller)は、ヨーロッパを中心に世界各国で乳製品を販売しています。たとえば、英国ではもっとも売れているヨーグルトブランドです。
ミュラーが製造販売している代表的な乳飲料に「ミュラーミルク」(Müllermilch)があります。製品パッケージに印刷されている製品名のロゴはインパクトがベースとなっています。白いアウトラインとシャドウが追加されています。ミュラーブランドのロゴタイプもコンデンスのかかったサンセリフ書体ですが、インパクトとは異なる書体です。
ThinkPadのロゴ(アメリカ)
・ThinkPadのロゴ / Daniel CHETRONI – stock.adobe.com
米IBM社が1992年に発売を開始したノートブックパソコンのブランドThinkPad(シンクパッド)のロゴも、インパクトをベースにしてデザインされたものと考えられます。インパクトの字形を上下に伸ばし、ストロークを細くしたような文字になっています。公式な情報はありませんが、文字の細部にはインパクトと共通の特徴が見つけられると思います。
IBM社のPC部門は、2004年に中国発祥のパソコンメーカー、レノボ(Lenovo、聯想集団)に買収されました。ThinkPadシリーズには、トラックポイントという独自の赤い突起状の装置が装備されています。現在のThinkPadのロゴタイプでは、「i」のドットが赤い円に変わっていますが、これはThinkPadシリーズの象徴ともいえるトラックポイントを表現したものです。
ダンダー・ミフリン紙業のロゴ(アメリカ)
英国で2001年、2002年に放送されたコメディドラマ『ジ・オフィス(The Office)』は大人気となりました。2005年に米国NBCがリメイク版を放送し、こちらも大人気を博して2013年まで9シーズンも続きます。このドラマの舞台が、ダンダー・ミフリン紙業(Dunder Mifflin Paper Company)という架空の会社です。実在しない企業であるにもかかわらず、ダンダー・ミフリン社のウェブサイトも開設されました。
ダンダー・ミフリン社のロゴタイプがインパクトで組まれています。このロゴはドラマにも登場します。また、ドラマ内で使われているロゴ入りマグカップやロゴ入りTシャツなどのグッズが販売されています。
活字書体として1965年にリリース
書体インパクトは、グラフィックデザイナーのジェフリー・リー(Geoffrey Lee)がデザインし、活字鋳造をおこなっていたスティーブンソン・ブレイク(Stephenson Blake)社から1965年にリリースされました。当時は金属活字から写真植字(写植)への移行期でした。そのためインパクトは、同社の活字書体としては最後発のひとつとなっています。
欧州のグラフィックデザインの世界では、1950年代から「国際タイボグラフィ様式(International Typographic Style)」または「スイススタイル(Swiss Style)」とも呼ばれる大きなうねりがおこっていました。清潔感・読みやすさ・客観性を重視し、グリッドシステムに沿ったレイアウト、イラストではなく写真を重視するといった特徴を持っています。また、書体も装飾性をなくし、シンプルで可読性の良いサンセリフ体が好まれるようになりました。
インパクトのデザインも、スイススタイルの影響のもとにあります。また、60年代には、コンデンスのかかったボールドのサンセリフ書体がトレンドとなっていました。そのトレンドに合うようにデザインされたのがインパクトです。リーは、ポスターや広告のヘッドラインなどでの使用を想定して、この書体を作り出しました。
インパクトの特徴
インパクトは、左右からぎゅっと押しつぶしたようなタテ長の形状、つまりコンデンス体です。「D」「O」「Q」などのカウンターは、ほぼ直線状になっています。ほかの文字についても、スペースは最小限です。
インパクトがデザインされたときの目標は、xハイト(小文字の高さ)をできるだけ大きくして、可能な限り大量のインクを紙に乗せることでした。そのため、大文字と小文字の高さの差がとても小さくなっています。「g」「j」「p」などのディセンダーも同じく短いです。
極太のストロークは、特に垂直方向が太く、水平方向はそれより少し細くなっています。文字ごとのプロポーションの差も小さく、文字を組んだ時には、ほぼ均一なリズムを作り出しています。
引用符は、文字よりもやや小さめです。クエスチョンマークはユニークな形状をしています。活字でリリースされたオリジナルのデザインでは、小文字「r」と大文字「J」にオルタネート文字(異字体)が準備されていました。たとえば「letter」など単語の末尾の「r」で、イヤー(耳)が長めにデザインされているオルタネート文字を使うと、単語全体のバランスがよくなります。このオルタネート文字はデジタルフォントには含まれていません。
オリジナルの活字がリリースされたときのパンフレットのスキャン画像をネットで見ることができます。『書体インパクトのインパクト』というキャッチコピーのついたパンフレットには、上に紹介したような特徴が、まさにスイススタイルのデザインとレイアウトで訴求されています。
マイクロソフトがウェブ用コアフォントに採用
・マイクロソフト社 / gguy – stock.adobe.com
金属活字書体として生み出されたインパクトは、米モノタイプ社が米国市場のでライセンスを得ます。そして、モノタイプ社は米マイクロソフト社にデジタルフォントとしてのライセンスを提供します。
マイクロソフト社は、全世界にウィンドウズが普及するきっかけとなるWindows 3.1を1992年にリリースしました。Windows 3.1にはアウトラインフォントのTrueTypeフォントがプリインストールされており、無段階で拡大縮小が可能なフォントが一般のユーザーに利用可能になります。
まもなく、インターネット時代の幕開けが訪れ、マイクロソフト社はインターネット環境で共通して使える「コアフォント(Core fonts for the Web)」を11書体選びます。エイリアル (Arial)、タイムズ・ニュー・ロマン(Times New Roman)、クーリエ・ニュー(Courier New) などと一緒にインパクトも含まれていました。
このことが、標準書体として多くのひとがインパクトを身近に使うようになるきっかけとなります。英語のプレゼン資料をマイクロソフトのパワーポイントで作ったことがあれば、きっと見出しにインパクトを使っているでしょう。黒々と力強く、なおかつスペースをセーブできるので、インパクト一択だったのではないでしょうか。
イメージマクロ用「ミームフォント」
インターネット・ミームのひとつとして「イメージマクロ(image macro)」というものがあります。ある写真にテキストを重ねて、面白さや奇抜さを演出するものです。ネット上で次々に拡散されたり、同じ画像や似た画像に別の文字を乗せたバリエーションが次々に作られたりします。
画像にテキストを重ねる作業を簡単にするために、無料のウェブアプリ(ミーム・ジェネレーター)やスクリプト、テンプレートが作られました。これらを利用して作られたインターネット・ミームはイメージマクロと呼ばれます。マイクロソフトのエクセル(Excel)などの作業を自動化する機能である「マクロ」から名前をとっています。
そのテキストには、限られたスペースで強い印象を作り出せる書体として、世界中のパソコンにインストールされているインパクトが好んで使われるようになります。そして、2003年に登場して伝説となった猫のイメージマクロにインパクトが使われていたことで、「ミームフォント」として決定的になりました。
【参考資料】
・小林章 著、『欧文書体』、美術出版社
・小林章 著、『フォントのふしぎ』、美術出版社
・Impact (typeface) – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Impact_(typeface))
・A Brief Introduction to Impact: ‘The Meme Font’ – Kate Brideau, Charles Berret, 2014 (https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/1470412914544515)
[インパクトのオリジナル書体(活字)]
・“The Impact of Impact” typeface advert brochure – Fonts In Use (https://fontsinuse.com/uses/25213/the-impact-of-impact-typeface-advert-brochure)
[伝説的イメージ・マクロ(ミーム)]
・I Can Has Cheezburger – Original Meme – I Can Has Cheezburger? (https://cheezburger.com/875511040/original-cat-meme-that-started-cheezburger)
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