米国を本拠とする世界最大のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート(Walmart)」が、2025年1月13日(現地時間)にブランドアイデンティティの刷新をアナウンスしました。
前回のロゴリニューアル以来、17年ぶりとなります。従来のルック&フィールを踏襲しつつおこなわれた今回のアップデートを、ウォルマートのニュースリリースでは、「伝統と革新の証し」であるとしています。
ウォルマートは世界最大の小売企業です。特定のセール期間ではなく、常に低価格で商品を販売する「エブリデイ・ロープライス(Everyday Low Price)」という戦略で拡大成長しました。公式サイトによると、世界19カ国の実店舗とネットストアを訪れる顧客は、毎週約2億5500万人にものぼります。
今回のブランドアイデンティティのリニューアルが公開されると、すぐにネットがざわつきました。リニューアル前後の違いがわからない。大金を支払って同じものを作った。これはジョークか。といったコメントです。
For the first time in 20 Years, Walmart has updated its logo.
So, was this $2.1 million well spent or just an expensive game of spot the difference? pic.twitter.com/YxhkXZlwuT
— Dr. Nadya Zhexembayeva (@NadyaZhexembay) March 24, 2025
一方で、マーケティングや広告、デザインなどの専門家のあいだでは、一貫性を保ちながら最新トレンドに対応している見事な仕事だ、と評価の声が聞かれます。
ブランド刷新のキーポイント
ウォルマート公式サイトで紹介されているブランド刷新の特徴を要約すると以下のようになります。
- シンボルマーク:ウォルマートのエネルギーを放ち、ウォルマート体験のあらゆる側面でお客様を導く灯台である。
- ワードマーク(ロゴタイプ):創業者サム・ウォルトン(Sam Walton)のクラシックなトラッカーハットからインスピレーションを得た。ウォルマートを他社と差別化するモダンなカスタムフォントで表現。
- カラーパレット:「トゥルーブルー」(青)と「スパークイエロー」(黄)は、ブランドを新鮮に保つために更新。
- トーン(ブランドの声):親しみやすく共感できるイラストや写真などによって、ウォルマートで買い物をする何百万人ものカスタマーを連想させる。
もっとも重要なロゴ「スパーク」
・ウォルマートの店舗外観(ロゴリニューアル前) / Refrina – stock.adobe.com
ウォルマートのシンボルマーク「スパーク(Spark)」は、2008年のロゴリニューアルで登場しました。このマークは、創業者ウォルトンが最初の店をはじめたときの「ひらめきの火花」を表現したものです。
新しいブランドアイデンティティのガイドラインには、このスパークがウォルトンの「もっとも重要なロゴ」であると記されています。
新しい「スパーク」は、複数の真円を組み合わせたグリッドに基づいて幾何学的にデザインされました。
花びらのようにも見える6本のエレメントは、「スパークレット(Sarklet)」と呼ばれています。スパークレットのアウトラインは、やわらかみのあるオーガニックな曲線となっています。スパークレット自体は、太く長くなりました。結果的に、シンボルマーク全体では先代のマークよりも力強い印象です。
2008年に初登場したときには、6つのスパークレットはそれぞれ、顧客、尊敬、誠実、仲間、サービス、卓越性というウォルマートのコアバリューを表していると説明されていました。
創業者の帽子をヒントにしたロゴタイプ
ガイドラインでは、「ワードマークはウォルマートの第二のロゴ」であるとしています。
このロゴタイプのデザインは、サム・ウォルトンの自伝 『Made in America』の表紙に登場する「トラッカーハット」にインスパイアされたものです。
創業者ウォルトンが好んだトラッカーハット
Sam Walton 氏 (CC BY 2.0)
1993年に創業者の自伝『Made in America』が刊行されました。その表紙はトラッカーハットをかぶるウォルトンのポートレートです。
トラッカーハット(trucker hat)またはトラッカーキャップ(trucker cap)というのは、野球帽の一種です。前面がポリウレタンフォーム製で後ろがメッシュタイプのものが多く見られます。競技用の野球帽よりも安価でシンプルな作りです。
宣伝販促用に企業がトラック運転手に無料配布したことから、トラッカーハットと呼ばれるようになりました。
ウォルトンは、このトラッカーハットを好んで身につけていました。従業員や顧客に親近感を与え、つながりを深めることができたからです。店舗チェックするときにもこれをかぶって小型飛行機で飛び回りました。記念品としても従業員に配られます。
言いかえると、トラッカーハットはウォルトンのトレードマークであり、ウォルトンの文化の象徴なのです。
トラッカーハットの書体をモダンに再生
ブランドアイデンティティの刷新にあたり、クリエイティブチームは1960〜70年代のウォルマートのアーカイブをさかのぼりながら、アイデアのヒントをさぐりました。
チームの目を引いたのが、創業者サム・ウォルトンがかぶっていたトラッカーハットです。
帽子の前面にはブルーの「Wal-Mart」とあります。使われている書体は 「Antique Olive(アンティーク・オリーブ)」 です。「Gill Sans(ギル・サンズ)」の流れをくむヒューマニスト・サンセリフ書体で、1960年代にフランスで生まれました。
プロジェクトチームは、このトラッカーハットの「Wal-Mart」をもとにロゴタイプを生まれ変わらせます。先代のロゴタイプは書体「Myriad(ミリアド)」を加工してデザインされたものでした。古いデザインと比べると、力強く豊かな表情を持つロゴタイプに仕上がっていることがはっきりとわかります。
ガイドラインには、ロゴタイプの運用について次のような注意書きがあります。
「当社のスパークは単独のロゴとして使用できますが、ワードマークは同じアプリケーション内でスパークが存在しない限り使用できません。非常に狭いバナー広告のようなスペースが限られたレイアウトでは、ワードマークを含める必要はありません」
このように、スパークが「第一のロゴ」、ロゴタイプ(ワードマーク)が「第二のロゴ」ということについて、運用ルールが明確に定められています。
ブルーとイエローを基調としたカラーパレット
カラーパレットは、2008年から採用されたブランドカラーを踏襲しつつ、リニューアルされました。
「トゥルー・ブルー(True Blue)」「スパーク・イエロー(Spark Yellow)」「ホワイト」の3色がカラーパレットの基本です。
トゥルー・ブルーはより鮮やかになりました。ウォルマートのCMO(最高マーケティング責任者)の William White 氏は、このブルーについて次のようにコメントしています。
「(トゥルー・ブルーは)より深く、温かみがあります」
その名のとおり、シンボルマーク「スパーク」に採用されているスパーク・イエローは、深みのある強い色になりました。
また、補助的な色として3種類のブルー「スカイ・ブルー(Sky Blue)」「エブリデイ・ブルー(Everyday Blue)」「ベントンビル・ブルー(Bentonville Blue)」が設定されています。ウォルマートの本部があるのが、アーカンソー州 ベントンビルです。
タイポグラフィには紺色のベントンビル・ブルーが使われます。サイトのテキストの色もベントンビル・ブルーに設定されています。プレゼンテーションやインフォグラフィック、チャートなどでは、「エブリデイ・ブルー」と「スカイ・ブルー」が階層構造を表現するのに役立ちます。
これらの3色のブルーをトゥルー・ブルーとホワイトに組み合わせた5色のグラデーションによって階層を構築して、チャートや表、グラフなどで情報を整理して提示できるとしています。
公式サイトのガイドラインでは、カラーパレットの色の組み合わせなどについて、細かく規定しています。
カスタム書体「Everyday Sans」と緻密なレイアウトルール
創業者ウォルトンがかぶるトラッカーハットの文字をベースにして新しいロゴタイプがデザインされました。このロゴタイプの書体を展開するかたちで作られたのが、カスタム書体「Everyday Sans(エブリデイ・サンズ)」です。
ライト、レギュラー、ミディアム、ボールド、ブラックの5つのウェイトが提供されていますが、ブラックについては、特別な用途のみで使うとしています。
また、Everyday Sansのバリエーションとして、「Everyday Sans Headline(ヘッドライン)」「Everyday Sans Mono(モノ)」「Everyday Sans UI」があります。
「Headline」は屋外広告などの用途向けに開発されました。「Mono」は表組みやコードなどで使うモノスペースの等幅フォントです。「UI」は、基本的にはEveryday Sansと同じですが、ウェブサイトやアプリに使うための機能が追加されています。
文字組みの「50/50」ルール
文字組み(組版、タイプセッティング)についても、細かい規定がガイドラインには示されています。書体、ウェイト(文字の太さ)、サイズ、行間、字間について、ケースごとにルールがあります。
例えば、見出しと小見出しにはミディアム、本文やキャプションにはレギュラーを使います。プレゼンテーションの表紙や広告サイネージなど特定の場面では、Headlineのライトを「特大見出し」として使います。こうすることで、情報の階層構造が明確になります。
また、文字のサイズについては、「50/50ルール」が設定されています。たとえば、小見出しは見出しの50%以下のサイズ、本文は小見出しの50%以下のサイズにします。逆から見ていくと、本文が10ptなら、小見出しは20pt以上、見出しは小見出しの200%以上のサイズにする、ということです。特大見出しについては、本文の5倍以上の高さのサイズが求められています。
文字のトラッキングについても、見出し、小見出し、本文については常に「0」との注意書きがあります。特大見出しはトラッキングを「-15」までの間で調整するとしています。
さらに、行間は文字サイズの1.2倍に保つとか、文字要素ごとの余白(HTMLでいえば「padding」)、キャピタライゼーション(大文字小文字の設定)、1行あたりの文字数などについてもガイドラインで示されています。
価格表示は小売業界ではとりわけ重要な情報ですが、これについてのルールもとても細かく厳密です。
グリッドがレイアウトの出発点
レイアウトについてのガイドラインでは、ブランド要素をひとつの統一されたデザインにまとめるための骨組みがグリッドであるとして、次のように記されています。
「複数ページにわたる詳細なプレゼン資料でも、シンプルなメールでも、まずグリッドを設計の出発点としています」
マージン、カラム(コラム)、ガターの設定についても、具体的な数値をともなったルールが示されています。
ロゴについての以下のようなルールが興味深いです。
「グリッドを設定した後に、ロゴ要素の配置を行います」
「ワードマークとスパークを一緒にレイアウト内で使用する際は、両者のサイズ比を常に一定に保ちます。⋯⋯(略)⋯⋯ スパーク全体の高さはワードマークの約1.7倍となります」
「スパークとワードマークは別々のロゴであり、一体化した『ロックアップ』形式では使用しません」
控えめだが意味のある変化
最高マーケティング責任者の White 氏は、今回のブランド刷新について、次のように述べています。
「今回の変更はすべて、私たちがどのようにビジネスやサービスを進化させてきたか、それをお客様に届けるためのものです」
「一見すると控えめな変化に思えるかもしれませんが、実は意味のある違いがあるのです」
ブランド刷新は、バーガーキング(Burger King)のロゴリニューアルなどを手がけた、ロンドンの広告スタジオJones Knowles Ritchie(JKR)社とのコラボレーションでおこなわれました。
ウォルマートの現在を表現
新しいビジュアルアイデンティティについて、公式サイトでは次のように説明しています。
「すべてがウォルマートらしさを保ちながら個性的で、デジタルを重視したブランド体験を支える要素となっています」
2008年のリニューアル以前は、基本的に大文字の「WAL」と「MART」をハイフンでつないだロゴタイプ「WAL-MART」をロゴとしてきました。2008年に先頭の「W」以外が小文字に変えられます。そして、このとき初めて火花のような黄色いシンボルマーク「スパーク」が登場します。
新しいビジュアルアイデンティティについて、公式サイトでは次のように説明しています。
「すべてがウォルマートらしさを保ちながら個性的で、デジタルを重視したブランド体験を支える要素となっています」
2008年のリニューアル以前は、基本的に大文字の「WAL」と「MART」をハイフンでつないだロゴタイプ「WAL-MART」をロゴとしてきました。2008年に先頭の「W」以外が小文字に変えられます。そして、このとき初めて火花のような黄色いシンボルマーク「スパーク」が登場します。
米国のビジネス専門サイト『Fast Campany』では、2008年のロゴリニューアル以降、多くのことが起こったといいます。
1995年にネット書店としたスタートしたアマゾン(Amazon.com)は、2000年初頭には、あらゆる商品を取り扱う巨大通販サイトとして急拡大しました。そして、2007年には米アップル社の初代iPhoneが発売されます。
つまり、スマートフォンの登場によって、それまでとは異なる消費行動が可能になりました。ウォルマートに限らず、あらゆる小売業者にとって、アマゾンとの競争が新しい局面をむかえたのです。ウォルマートがロゴをリニューアルした2008年ごろは、それまでとまったく異なる購入体験の始まりでもあったわけです。
しかし、そんな中でウォルマートは、オリジナルアプリや「Walmart+」という定額配達サービス、広告や医療といった新たな分野への進出、アマゾンの配送スピードに匹敵する物流配送センターなどによって競争率を高めることで、小売業トップの位置を維持してきました。
ウォルマートは、同社のニュースリリースにあるように、基本理念を維持しつつ、時代に対応するために、柔軟に変化を遂げてきたのです。
「この更新されたブランドアイデンティティは、現在のウォルマートをより適切に表現するものです」
オムニチャネル小売企業にふさわしいブランドアイデンティティ
公式サイトの「About」の冒頭で、ウォルマートは次のように表明しています。
「ウォルマートは現在、人を中心に据え、テクノロジーを力に変えて展開するオムニチャネル小売企業です」
「オムニチャネル(Omnichannel)」とは、さまざまなタッチポイント(接点)を統合的に連携させてユーザーにアプローチする販売戦略のことです。
さまざまなタッチポイント、すなわち、実店舗・ECサイト・アプリ・SNS・メール・カタログ・コールセンター・広告などを、個別に並行して運用する(マルチチャネル)ではなく、「統合的に連携させる」のがポイントです。
オムニチャネルの考え方は、アパレルなどの小売業を中心に広まっています。
ウォルマートはこう言っています。
「ウォルマートのブランドアイデンティティは、ワンストップショッピングの目的地として常に大切にしてきたものを尊重しながら、現在の小売業の提供内容を反映するように進化しました」
これまでチャネルごとに異なる運用をされていたブランドアイデンティティを、すべてのチャネルで包括的に統一し、すべてのタッチポイントで一貫した「ブランドの声」を消費者に届けようという見直しなのです。
トゥルー・ブルーとスパーク・イエローに象徴されるブランドイメージは、すでに消費者に浸透しています。それを壊すことなく、オムニチャネルに適正化されたブランドアイデンティティを構築することが、今回のブランド刷新の目的と言えるでしょう。緻密なガイドラインは、そのひとつの表れなのです。
ロゴやブランドのデザインリニューアルというプロジェクトが立ち上がると、「成果をはっきりと示したいという欲求」が生まれることがあります。それが、「リニューアル前との視覚的な違いを優先」させるという判断をともなうのは、めずらしいことではありません。
しかし、リニューアル前のビジュアルアイデンティティの価値やリニューアルの目的に照らしてみると、ドラスティックな変更が必ずしも得策ではないこともあります。何を変えて、どこを手直しすべきを見極めることが大切です。
ウォルマートの今回のリブランディングは、そういったケースの良い参考例ではないでしょうか。
【参考資料】
[Walmart 公式サイト]
Walmart Introduces Updated Look and Feel: A Testament to Heritage and Innovation (https://corporate.walmart.com/news/2025/01/13/walmart-introduces-updated-look-and-feel-a-testament-to-heritage-and-innovation)
[Walmart ブランドセンター:公式ガイドライン]
home – brand (https://brandcenter.walmart.com/brand/)
[クリエイティブ]
JKR | A Global Branding Agency (https://www.jkrglobal.com/)
Walmart (https://www.jkrglobal.com/work/walmart)
[メディア]
Walmart just got new and bluer branding – Fast Company (https://www.fastcompany.com/91258015/walmart-new-branding-logo)
Walmart updated its logo for the first time in nearly 20 years. The internet has thoughts | CBC News (https://www.cbc.ca/news/canada/walmart-new-logo-1.7430748)
Walmart’s logo redesign has the internet talking: See before and after (https://www.usatoday.com/story/money/2025/01/14/walmart-new-logo-redesign/77689947007/)
[サム・ウォルトンの著書『Made in America』]
Sam Walton: Made In America
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