Durex(デュレックス)は2019年に誕生90周年を迎えたコンドームのブランドです。英国発祥の老舗ブランドが2020年2月にロゴを含めたリブランドをおこないました。新たなロゴはフラットでミニマルなデザインに変更されています。
また、「One Night Sans」と名付けられたカスタム書体も作られました。今回のリブランディングにはどのような意図が込められているのでしょうか。
フラットでシンプルな「Durex」の新ロゴ
・Durexの新ロゴデザイン / Serhii – stock.adobe.com
・Durexの旧ロゴデザイン / “>esthermm – stock.adobe.com
2013年から使われてきた先代「Durex」ロゴは「Lozenge」(ロゼンジ=薬用ドロップの意)という愛称で呼ばれてきました。光沢のある凸面のように見える立体的なロゴでしたが、2月に発表された新ロゴは立体感が完全に取り除かれてフラットなデザインです。ただし、ロゴの形と色はそのまま保たれています。
今回のリブランディングを手がけた広告代理店Havas Londonのデザイン部門長Lorenzo Fruzza氏はロゴの変更を最小限に抑えた理由を、「(先代ロゴの)フォルムと色はプロダクトの品質と信頼性を表しており、それを踏まえてさらに前進できる」からだと述べています。
フラットデザインは近年の大きな潮流です。Durexロゴのリニューアルもこのトレンドに乗ってデジタルメディアとの親和性を意図したものでしょうか。フラット化の意図を探る前に、今回のリニューアルとともに展開されたキャンペーンについて見てみましょう。
ファクトに基づいて異議申し立てをしたDurex
2020年のバレンタインデーに開始されたキャンペーンは何種類かのビジュアルとコピーで構成されています。
Durexの広告デザイン (via Pinterest)
仰向けに寝てこちらを見ている女性の顔のクローズアップをメインビジュアルにしたポスターのキャッチは「私たちはフリをしている」というもので、サブキャッチとして「私たちの3分の2は性生活に十分に満足していない」というテキストが添えられています。
Durexの広告デザイン2 (via Pinterest)
また、男女のキスシーンのクローズアップ写真をビジュアルにした別のポスターではキャッチが「拡散すべきこと」で、サブキャッチが「私たちの半分は性感染症(STD)の検査を受けたことがない」というものです。
ほかにも同性愛者のキスシーンをビジュアルにしたものや、「ポルノは規範ではない(Porn’s not the norm)」というキャッチコピーのバージョンがあります。この韻を踏んだメッセージは、若者の71%が性生活のヒントをネットから得ているという事実を踏まえたものです。
いずれもDurexロゴに「規範を疑え(Challenge the norms)」というタグラインが添えられています。ビジュアル写真の中央の重要な部分が「ロゼンジ」ロゴのような形で拡大されているところに仕事の質の高さを感じます。
これまでとは方向の異なるブランド戦略
https://www.youtube.com/watch?v=O925jNVmpOQ
これまでのDurexの広告キャンペーンは、ひねりを効かせたユーモラスなトーンやロマンチックなムードを持ったものでした。シリアスなテーマも明るく笑いを誘うアイデアでブランドイメージ向上を図ってきました。
しかし、バレンタインキャンペーンに見られるブランドからの「声」は明らかに異なります。
今回のDurexのリブランディングは、2017年に同ブランドがおこなった調査がきっかけとなっています。調査の結果が示したのは、セックスや性生活に対する人々の態度の変化や混乱でした。ネット上では開放的である一方で、非現実的な表現によって性に関する不安が生み出されていることがわかりました。
代理店Havas LondonのFruzza氏は「Durexの戦略はすべての人に良い性を解放し、性についての会話を正常なものにすることです」と述べています。Fruzza氏は、今回のリブランディングが「リアルなひとびとのリアルな物語」に響くことを望んでいます。
Fruzza氏の言う「リアル」とは、思い込みや押し付け、迷信、古い規範から解放され、不安や心配のない性生活のことです。今回のリブランディングには、DurexがLGBTQのひとびとも排除しない「インクルーシブ」で多様性を受け入れているブランドだということを伝える意図があります。HavasのクリエイティブディレクターElliot Harris氏は次のように述べました。
「新しいブランドの目的は、性についての健康的な会話と態度へ導くこと。そしてまた、性を自由に体験できていないひとびとを排除せずに受け入れることなのです」
カスタム書体「One Night Sans」
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Instagramに投稿されたメッセージは、今回のリブランディングに合わせて作られたカスタム書体で組まれています。「One Night Sans(ワンナイトサンズ)」は、「一夜だけの情事」を意味する「one night stand(ワンナイトスタンド)」をもじったネーミングで、Durexの遊び心が出ています。
「One Night Sans」は9種類のウェイトが揃えられています。Instagramのメッセージは、それらのさまざまなウェイトのフォントが組み合わさっています。視覚的面白さがあるのはもちろんですが、そこに多様性の意味もあるのではないかと考えるのは深読みし過ぎでしょうか。文字の中には「ロゼンジ」ロゴの曲線の面影が残されているものもあります。
ロゴのフラット化の理由
Durexの旧ロゴデザイン – monticellllo – stock.adobe.com
代理店Havasによると、由緒正しさと信頼性を示すスタンプのような働きをするロゴマークが必要だったということです。先代のロゴのように光沢のある立体的なものでなく、新たなフラットデザインのロゴのほうが「気持ちよく安全」だという判断だったのです(このコメントにも少し遊びが入っているようですが)。
ロゴリニューアルにあたっては、もちろんデジタル空間での活用も当然考慮にはいっているでしょうが、ブランドの新しいポジショニングとそのビジュアル表現と照らし合わせると、先代の輝くロゴは確かにそぐわない感じがします。
リブランディングを手がけた3つの会社
Durexのリブランディングは、Havas London、Design Bridge、Colophon Foundryの3つの会社が手がけました。
Havasはパリに本社があり、世界各国にグループ会社を持つ多国籍広告代理店です。Design Bridgeはブランディングを専門としたデザイン会社で、ロンドン・アムステルダム・シンガポール・ニューヨーク・上海にスタジオを持っています。Havas Londonがブランディングとビジュアルアイデンティティを担当し、Design Bridgeがパッケージングとロゴを制作しました。
カスタム書体「One Night Sans」を製作したColophonもロンドンとロサンゼルスに拠点をもつタイプ・ファウンドリー(書体メーカー)です。ドーナッツのファーストフードDunkin’、宿泊予約サイトBooking.com、Google、最近では旅行口コミサイトTripadvisorなどにカスタム書体を提供しています。
中国市場で成功をもたらしたSNSキャンペーン
今回のリブランディングでDurexがユーザーに届ける「声」はかなり変わりましたが、以前からDurexはさまざまなユニークなキャンペーンを積極的におこなってきました。中国で成功した事例を紹介しましょう。
Durexブランドを所有するレキットベンキーザー社が2010年に中国市場での売り上げアップを目指しましたが、偽物やまがい物があふれ、広告費も高くつく中国では他の国々と同じような戦略は通用しませんでした。また、性的話題をおおっぴらにすることが好まれていない文化的風土もありました。そこで同社はSNS上でのデジタルキャンペーンに集中することに舵を切ります。
中国版TwitterであるWeibo(ウェイボー)に資金を集中投下し、ネット販売を中心に据えました。そしてオピニオンリーダーを引きつけるブランドイメージの構築をおこなった結果、3年で売り上げが3倍に拡大し、マーケットシェアも30%から45%にアップ。2018年現在で265万人のWeiboフォロワーを獲得しています。
2017年の感謝祭キャンペーンでは、DurexがWeibo上で13の有名ブランドに感謝の言葉を届けました。チューインガムのリグレー(Wrigley’s)や、チョコレートバーのスニッカーズ(Snickers)、リーバイス、イケア、ジープ、バドワイザーとの間で色っぽいユーモアのあるメッセージ交換がおこなわれました。
「リグレー様、いつもそばにいて、私を買うための口実となってくれて感謝します」
とDurexがメッセージを送ると、3時間後には
「Durex様、どういたしまして。ほかに欲しいものがあったら言ってください。私はここにいます」
とリグレーのダブルミントガムからメッセージが返されました。このやりとりはシェア数が16,000、いいね数が10,400、コメント数4,200という大反響を得ました。
「スニッカーズ、ありがとう。もう1戦交えるための490カロリーを与えてくれて感謝します」
と送ると、スニッカーズの返しは
「どういたしまして。1本で足りますか?」
でした。
Durexはほかにもこのような色っぽいウィットのあるキャンペーンを展開していますが、中にはさじ加減を誤って、当局からわいせつ広告とみなされたケースもあったようです。
Durexに限らず製品の特性上、コンドームの広告やキャンペーンにはユーモラスなアイデアが多く見られます。
世界市場の4分の1を占める「Durex」
OceanProd – stock.adobe.com
1915年に英国ロンドンゴム会社(London Rubber Company)が設立されました。同社は米国やドイツから輸入した理髪店向け販売していました。その中にはコンドームもありました。当時の英国ではコンドームは「週末のためにご入用のものはありますか」という言葉とともに理髪店で売られていたからです。
1929年にブランド名「Durex」が生まれます。「durability(耐久性)」「reliability(信頼性)」「excellence(優秀さ)」の頭の2文字を組み合わせた造語でした。ロンドンゴム会社は1932年に欧州で最初のラテックス製コンドームのメーカーとなります。Durexブランドは2010年にレキットベンキーザー(Reckitt Benckiser)社が取得し、製品は中国・インド・タイで製造されています。Durexはコンドームの世界市場の約四分の一を占めます。
【参考資料】
・Durex rebrand hits the spot with a sexy new logo | Creative Bloq (https://www.creativebloq.com/news/durex-rebrand)
・Durex rebrands with flat logo and “sex positive” campaign | DEZEEN (https://www.dezeen.com/2020/02/18/durex-rebrand-logo-design/)
・Durex’s “sex positive” rebrand introduces One Night Sans typeface | Design Week (https://www.designweek.co.uk/issues/10-16-february-2020/durex-rebrand-one-night-sans/)
・Durex China’s humorous campaign jingles with brands – Asia Times (https://asiatimes.com/2017/11/durex-chinas-humorous-campaign-jingles-brands/)
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