セリフが細く直線的で、ストロークの太さのコントラストが強い書体ディド(Didot)は、優雅さと繊細さを兼ね備えています。ファッション、美容、音楽関連のメディアやブランドと相性が良い書体です。
産業革命によってもたらされた機械化と近代化が、ひとびとの生活を大きく変えた18世紀後半から19世紀前半に生まれました。セリフ書体のなかでは、書体ボドニ(Bodoni)などとともに、モダンローマン(またはモダンフェイス)にカテゴライズされています。
書体ディド(Didot)をベースにしたファッションブランドのロゴデザイン
エレガントでモダンな書体ディドを使ったロゴの例として、世界的なファッションブランドを2つ紹介します。
ジョルジオ・アルマーニ(イタリア)のロゴ
・Giorgio Armaniのロゴ / nmann77 – stock.adobe.com
ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)は、1975年創業のイタリアを代表するファッションブランドです。日本では紳士用スーツのイメージが強いですが、婦人服やカジュアルアイテムも人気があります。アルマーニ・グループとして、時計や香水、家具、レストラン、ホテルなどアパレル以外の事業も広く展開しています。
創業者のジョルジオ・アルマーニ氏の名前がそのままブランド名になったロゴタイプは、ディドをベースに作られています。アルマーニの「A」から「I」までがセリフでつながっているのが印象的です。ライノタイプ社のフォントなどと見比べるといくつかの加工がおこなわれていることがわかります。
まず、文字がタテ長になっていることです。タテのストロークの太さと文字のタテヨコの比率などを見る限りでは、テキストのアウトラインをとって水平方向を少し縮めた、という単純なことではなさそうです。書体ディドのデジタルフォントがリリースされるよりも15年以上前にアルマーニは創業しているので、活字版または写植版をベースに描き起こしたのではないでしょうか。
もうひとつの大きな違いは、セリフの太さです。ディドはヨコ方向のストロークがとても細く、タテ方向の太さとのコントラストが強いのが特徴です。しかし、ジョルジオ・アルマーニのロゴのヨコの線は、書体ディドよりも太くなっています。ヨコの線が太めに加工されているのは、製品のタグや革製品、金属製品への刻印など考慮したからなのかもしれません。
・Emporio Armaniのロゴ / Claudio Divizia – stock.adobe.com
セカンドラインであるエンポリオ・アルマーニ(Emporio Armani)や、家具やインテリア小物を取り扱うブランド、アルマーニ / カーザ(Armani / Casa)などのロゴタイプも、ジョルジオ・アルマーニと同じデザインの文字で組まれています。
・Armani Exchangeのロゴ / VLRS – stock.adobe.com
若者向けのブランド、アルマーニ・エクスチェンジ(Armani Exchange)のロゴタイプの文字はサンセリフ体です。ジョルジオ・アルマーニのロゴタイプで使っている文字からセリフを取り去って、「R」のレッグを直線にするなどの処理をほどこしたかような字形になっているのがおもしろいです。これによってカジュアルさが感じられます。
Zara(スペイン)のロゴ
・Zaraのロゴ / jordi2r – stock.adobe.com
スペイン、ガリシア州のア・コルーニャに本社を構えるZara(ザラ)は、1975年創業の世界的ファストファッションブランドです。Zaraは、創業してからロゴデザインを2度変更しました。シンボルマークは使わず、セリフ体の大文字で組んだロゴタイプという点で現在まで一貫しています。
・初代のZaraのロゴ / Олександр Луценко – stock.adobe.com
創業時から2010年ごろまで使われていた初代ロゴは、オールドスタイル・ローマン体で組まれたオーソドックスなデザインです。「R」の曲線部分(ボウル)と右下に伸びる線(テール)が、タテの線(ステム)から離れているのが特徴的です。
・2台目のZaraのロゴ / Alex Yeung – stock.adobe.com
2代目のロゴタイプでは、字間がかなり大きく広げられました。初代のモダンセリフではなくヘアラインセリフに変わっていて、セリフも長めです。それぞれの文字はヨコ長です。全体的なデザインからはグリッドに基づいて作られたことが強く感じられます。
現在のロゴは2019年にリニューアルされたものです。書体ディドをベースにカスタマイズされた文字が使われています。4つの文字を重なり合うように配置したインパクトの強いロゴタイプです。ストロークのコントラストや、「Z」のクチバシ、「R」のレッグの先端、セリフの長さなど、細部に手が加えられているようです。
デザインを手がけた広告代理店Baron & Baronの公式サイトには次のように紹介されています。
「Zaraとのパートナーシップによって、ハイストリートで生まれたハイファッションにふさわしい、エレガントでエッジの効いたアプローチを生みだしました」
Baron & Baronの創業者であるファビアン・バロン(Fabien Baron)氏は、『Harper’s Bazaar』誌、『Interview』誌などのファッション誌のアートディレクションや、カルバン・クライン、ジョルジオ・アルマーニ、ジバンシー、イヴ・サンローランといった世界的なファッションブランドの広告を数多く手がけてきました。
今回のリブランディングでは、かつてバロン氏がかかわったハイブランドのようなイメージを得たいという意図がZaraにあったのかもしれません。
2010年代ごろからロゴデザインには、フラット化、ミニマルデザイン化という大きな流れが生まれました。デジタル端末のスクリーンでの視認性などが理由のひとつとしてあります。このデザイントレンドに沿ったリブランディングに取り組む企業が急速に増えました。
ファッション業界も例外ではありません。2018年には、バーバリー、サン・ローラン、バレンシアガ、ベルルッティ、バルマンといった名だたるファッションブランドがセリフ体のロゴタイプをサンセリフ体のミニマルなデザインに変更しています。
しかし、Zaraのロゴリニューアルは、この流れには乗っていません。Zaraブランドの製品デザインの特徴を感じさせつつ、他ブランドと一線を画しているデザインであることは確かです。
書体ディド(Didot)を使ったファッション雑誌のロゴデザイン
世界的な高級ファッション誌に『Harper’s Bazaar(ハーパーズ バザー)』誌と『Vogue(ヴォーグ)』誌があります。セレブが表紙を飾り、ハイファッションブランドの広告が溢れている両誌には、いくつかの共通点があります。19世紀末に米国ニューヨークで創刊されたこと、そして、いずれも表紙のタイトルロゴにディドを使っていることです。
ハーパーズ バザー(米国)のロゴ
A partir del 18 de marzo, nuevo número de Harper's Bazaar en los quioscos. Con Valentina Sampaio y la tipografía de un genio: Juan Gatti .#theArtIssue #bazaarabril pic.twitter.com/9VwCTe8hbU
— Harper's Bazaar (@harpersbazaarES) March 17, 2022
『Harper’s Bazaar』誌の創刊は1867年です。1934年にアレクセイ・ブロドヴィッチ(Alexey Brodovitch)がアートディレクターに起用されると、表紙のタイトルロゴが書体ディドをベースとしたデザインに変わります。
「Z」のクチバシが長いこと以外はそれほど手が加えられていないものもあれば、ステンシル風のデザイン、曲線が角ばっていたり、といくつかの試みがおこなわれています。40年代末になると、現在のロゴの起源となるデザインが登場します。1991年には、ブロドヴィッチのタイトルロゴに基づいたデジタル書体「HTF Didot」が作られました。
少しコンデンスがかかった「Bazaar」ロゴタイプでとくに目がつくのは、「Z」のクチバシが中心線まで長く伸びていることや「R」のレッグの先が垂直に跳ね上がっていることです。字間はゆったりとられていて格調があります。
小さく添えられている「Harper’s」も、ライノタイプ社のフォントなどと比べると、「H」のタテヨコの比率、「a」の字形、「p」のディセンダの長さ、アポストロフィなどに違いが見られます。
ブロドヴィッチは、1958年に『Harper’s Bazaar』誌を去りますが、その間におこなったアートディレクションは、現在のファッション雑誌の誌面デザインの原型を作ったと考えられています。
ホワイトスペースを大きくとり、グリッドにとらわれずに写真の魅力を最大限に活かすレイアウト。モノクロ写真にワンポイントでカラー使う処理、フォトモンタージュ、写真の繰り返しなどの実験的演出。新進の若手フォトグラファーの起用など大きな影響を残しました。
ザラのロゴをデザインしたファビアン・バロン氏も90年代に『Harper’s Bazaar』誌でクリエイティブ・ディレクターをつとめています。バロン氏の紙面デザインには、ザラのロゴにつながる独特のタイポグラフィ表現が見られます。
ヴォーグ(米国)のロゴ
Introducing the real @DuaLipa. “It’s about understanding what I want,” she says.
For Vogue’s June/July issue, Dua opens up about her new chapter—all while revealing the pieces of her past that remain close to her heart. Read the full profile: https://t.co/HNn6XRXDUO pic.twitter.com/MalLTkew8U
— Vogue Magazine (@voguemagazine) May 10, 2022
『Vogue』誌は1892年にニューヨークで週刊新聞として創刊。1909年に実業家コンデ・ナスト(Condé Nast)が買収してから高級ファッション誌に生まれ変わりました。雑誌名Vogueをディドで組んだ表紙タイトルは1940年代後半に登場しますが、ロゴとして確定せず、それ以降も号によってさまざまな書体やデザインが使われます。1950年代の中頃までにはディドによるタイトルが定着しました。
現在使われているロゴを、たとえば、ライノタイプ社のDidot Pro Headlineと比べると、いくつか違いがあります。『Vogue』誌のロゴタイプは、少しコンデンスがかかっていて、文字がタテ長になっています。「E」のバーのクチバシが長く伸びているため、ブラケットがかなり大きめです。下のバーは短めです。全体にストロークもコントラストも強められています。
表紙のモデルやセレブリティの頭部で雑誌名の一部が隠れるようなアレンジは、最近は日本でも珍しくはありません。幼児向け雑誌まで、ロゴがほとんど認識できなくなるほどキャラクターで埋め尽くされるケースもあるようです。『Vogue』誌では50年代からそのようなデザイン処理をほどこした表紙デザインが登場しています。現在のように、ロゴのかなりの部分に人物写真が重なるような大胆なあしらいは、90年代から増えたように思います。
Didotはファルマン・ディドが作り出した書体
・Specimen of the typeface Didot / Pierre Rudloff (CC BY-SA 2.5)
書体名「ディド」は、フランスの活字製作者ファルマン・ディド(Firmin Didot)の名前にちなんでいます。現在ディドと呼ばれる書体は、ファルマン・ディドが18世紀末から19世紀の初めにかけて製作していた書体をベースとしています。
Firmin Didot / via Wikipedia
パリのディド一族は、印刷、出版、活字製造を事業としておこなっていました。ファルマンは、兄のピエール(Pierre)とともに父親の事業を受け継ぎ、ピエールが印刷業、ファルマンが活字製造を担当しました。
ディド(Didot)やボドニ(Bodoni)が新しい書体を製作した18世紀末から19世紀初頭は、産業革命によってもたらされた機械化や近代化が進んでいました。活字彫刻、インク、製紙などの技術が改良されることによって、従来にはない緻密な書体デザインが可能になったのです。たとえば、とても細い線を持つ活字を製作し、印刷することができるようになりました。こうして作られた書体は、筆やペンで書いた文字の面影の強いオールドスタイルとは異なる、新しい時代にふさわしいデザインでした。
ファルマン・ディドの活字を使った19世紀初頭の印刷物:フランス民法典(Code civil des Français)
ファルマン・ディドの活字は、それ以降も金属活字や写真植字、デジタルフォントによって何度も復刻されています。1990年代の初めには、アドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger)氏の「Linotype Didot」やジョナサン・ヘフラー(Jonathan Hoefler)氏の「HTF Didot」といったデジタルバージョンがリリースされました。現在でもディドの名前を冠した書体が多く見られます。
「ディドニ」書体の特徴
ファルマン・ディドの活字には、強いコントラストやブラケットのない細いセリフといった特徴があります。イタリア人、ジャンバチスタ・ボドニ(Giambattista Bodoni)が作った活字も同じような特徴を持っていました。
19世紀初頭に生まれたこのようなデザインのセリフ書体をまとめて、「ディドニ(Didone)」書体と呼ぶこともあります。ディド(Didot)とボドニ(Bodoni)の名前から作られた合成語で、1954年に生まれました。英語では「ディドーニ」のように発音され、カタカナでもそのように表記されていることもあります。
ディドやボドニなどのディドニ書体は次のような特徴を持っています。
・セリフにブラケットがなく、細くて直線的
・水平方向と垂直方向のストロークの太さのコントラストが大きい
・抑揚の軸が垂直
・末端(ターミナル)が丸い文字がある
・スワッシュなどの飾りがない
上記3番目の「抑揚の軸が垂直」というのを説明します。セリフ体の文字の曲線には角度によって太い細いの抑揚があります。このストロークのもっとも細くなっている部分を直線で結ぶと、垂直になっているということです。大文字「O」を見るとわかりやすいです。オールドスタイルのセリフ書体では、この軸は反時計回りに少し傾いています。
また、4番目の「末端(ターミナル)に丸い文字がある」というのは、「j」や「r」「y」などの末端が丸みを帯びているという特徴です。これもオールドスタイルのセリフ書体とは異なる点です。
ディドニ書体は、アナログ時計の文字盤などで目にすることが多いと思います。特徴的なカーブのアラビア数字はおしゃれで、文字も判別しやすいのでアクセサリーやインテリアにも好まれています。
【参考資料】
・ピーター・ドーソン 著、手嶋由美子 訳『街で出会った欧文書体実例集』、ビー・エヌ・エヌ新社
・小林章 著、『欧文書体』、美術出版社
・高岡昌生 著、『欧文組版』、美術出版社
・Understanding the Nuances of Typeface Classification | Toptal (https://www.toptal.com/designers/typography/typeface-classification)
・Didot (typeface) – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Didot_(typeface))
・Didone (typography) – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/Didone_(typography))
・Didot Family | French family | Britannica (https://www.britannica.com/topic/Didot-family)
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