この数ヶ月、新型コロナウイルスの世界的な流行は、私たちのような中小規模のデザイン事務所にも大きな影響を及ぼしました。特に、印刷物を軸としたデザイン制作が主要業務である当事務所にとって、その影響は極めて顕著です。
業界全体としても、経済活動の縮小やイベントの自粛が続く中、時代に合わせた新しい働き方やサービス提供のあり方を模索しながら日々の業務を行っています。本記事では、具体的な影響や当事務所の現場で起きた変化、そして今後に向けた思いをまとめました。
春の展示会シーズンの変化と印刷物の減少
例年、春先は展示会や各種イベントが活発に行われ、当事務所ではその関連案件、たとえば企業ブース用のポスター制作、来場者向けパンフレットやフライヤー、商品カタログなどの印刷物のデザイン業務が集中します。通常であれば年度初めのプロモーションラッシュで、長時間労働になりがちなほどの依頼が舞い込む季節でした。
しかし2020年春、新型コロナウイルスの拡大に伴い、全国的に展示会やセミナー、講演会といった大規模な集客型イベントが軒並み中止や延期を余儀なくされました。結果、関連の印刷案件はほぼゼロに近い状態に。印刷所へ入稿する原稿そのものが発生しないため、私たちも手持ち無沙汰になるかと思われたほどです。
イベント関連の印刷物は、もちろんクライアントにとっても売上や集客戦略の一部であり、キャンセルによる損失は計り知れません。しかしながら、これはまさに当時の社会情勢から見れば「仕方がない」状況であり、当事務所としても、「今はじっと耐え、時勢を見守るしかない」という思いで、与えられた業務を確実にこなしながら、次のチャンスを待つしかありませんでした。
初の緊急事態宣言下での対応と備え
3月末から4月初旬にかけて、国内でも感染者数が増加し、世の中は一気に緊張感を帯びはじめました。私たちも「もし、このまま受注が途絶え、営業継続が困難になったらどうしよう」という不安を抱えながら、助成金や給付金などの支援制度に関する情報収集を進めていました。まだ具体的な状況がつかめず、コロナ禍の全容が見えない中で、少しでも経営を下支えできる可能性を模索していたのです。
申請に必要な書類作成、現状把握のための業務整理など、デザインとは直接関係のない事務的な作業が増えた時期でもありました。普段はクリエイティブな業務が主軸のため、頭を切り替えて公的支援策に対応しなければならないのは大変でしたが、「先の見えない状況で何ができるか」を考える良い機会でもあったように思います。
テレワーク導入と職場コミュニケーションの変化
2020年4月には、ほぼ全スタッフが在宅勤務へと移行しました。それまで、制作進行やクライアント対応は基本的にオフィスで行うのが当たり前だったため、初めてのテレワークは多少の戸惑いもありました。オンラインミーティング、チャットツール、クラウド上でのファイル共有など、デジタルツールを積極的に取り入れ、離れた場所にいるメンバー同士がスムーズに連携できる体制作りを急ピッチで進めました。
デザインデータの共有は問題ありませんでしたが、ちょっとした雑談やアイデア出しなど、顔を突き合わせることで生まれる「空気感」は損なわれやすくなりました。そこで、週に一度はオンライン上での雑談タイムを設けたり、画面共有しながらラフスケッチを議論したりと、創意工夫を重ねてコミュニケーションの質を落とさないよう配慮しました。オンラインツールを通じて得られた新たな発見も多く、距離を感じながらも「この状況下でベストを尽くす」ことが共通の目標になっていきました。
雇用の維持と多様なお客様からの依頼
意外なことに、完全在宅への移行後もしばらくすると、様々な分野のお客様からご依頼が舞い込むようになりました。イベント関連は依然として低迷していましたが、その代わりに自社ブランドの認知度向上を図るためのパンフレット制作、感染対策ガイドラインに沿った店頭告知物や注意喚起用ポスター、さらにはオンラインセミナー用の資料デザインなど、新たなニーズが生まれつつありました。
また、製造業のお客様からは「こんな時だからこそ、商品カタログを刷新しておきたい」という声があったり、教育関連のお客様からはリモート授業用の教材デザインといった新分野の依頼が増えました。結果として、スタッフの雇用を維持しながら、事務所としての「通常業務」をなんとか続けていくことができています。
新しい日常への適応と展望
緊急事態宣言が解除され、徐々に社会活動が緩和される中で、少しずつではありますが、「新しい日常」に向けて最適な働き方を模索しつつある状況です。
私たちが恋しく思うのは、なんでもない日常、何気ない雑談、制作物をテーブルに並べて「ああでもない、こうでもない」と話し合う、昔ながらのクリエイティブな空間です。今はその当たり前を一度手放し、距離やツールを駆使しながら別の方法でクリエイションを続けていますが、いつの日か、あの穏やかな日常が戻ってくることを願わずにはいられません。
同時に、この困難な時期が私たちに新しい知恵や発想を与えてくれたことも事実です。オンラインミーティングを通じた他拠点との円滑なやり取り、クラウドツールによる効率的なプロジェクト管理、そして不測の事態に備える経営の柔軟性。これらはコロナ以前からあってもおかしくない取り組みでしたが、今回の経験を通じて強く意識できるようになったことでもあります。
最後に
この数ヶ月は、多くの不安と試行錯誤に満ちた時間でした。しかし、その中で「変化する状況にどう対応していくか」という問いに対して、一つの答えを模索するきっかけともなりました。社会がゆるやかに回復に向かう中、印刷デザインの仕事も徐々に元の姿に近づいていくかもしれませんし、新たな形を取るかもしれません。
私たちは、これまで通りお客様のニーズに応えつつ、新しい挑戦や働き方にも柔軟に対応していく所存です。願わくば、世界が少しずつ笑顔を取り戻し、また当たり前のようにイベントや展示会が開かれる日常が戻ってくることを心から祈っています。今後も、時代の変化に合わせたデザインとサービスを提供しつづけていくために、私たちは一歩ずつ前へ進んでいきます。
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