英国の自動車メーカー「Jaguar(ジャガー)」は、英国王室にも愛され、映画『007』シリーズをはじめ、『オーシャンズ12』『スピード』などでも登場しています。
ジャガーブランドを保有するジャガー・ランドローバー社(JLR)は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンを搭載するモデルの生産をすべて廃止し、2025年からは、高級電気自動車(EV)専門ブランドとなることをすでに発表しています。
A designer has ‘fixed’ the controversial new Jaguar logo https://t.co/QmPEq5dMEz pic.twitter.com/VQhlluHLEt
— Computer Arts (@ComputerArts) December 8, 2024
2024年11月19日からは、ロゴをふくめ、ブランドアイデンティティを全面的に刷新しました。新デザインに対しては賛否両論が巻き起こります。イーロン・マスク氏のSNS上での冷やかしに、ジャガーが余裕の対応を見せるなど、大きく話題になりました。
今回のブランドリニューアルで、ジャガーはなにを目指しているのか。ひとびとは何に驚いているのか。具体的に見てみましょう。
強烈な印象を残す大胆なコンセプト動画
ジャガーは『Copy nothing(何もまねしない)』と題された動画を公開。
動画には「ジャガーは、価値観を変える。臆することなく。真似することなく」というテキストが添えられています。
その30秒の動画はプロモーション用というよりはアート作品のような作りです。
原色の奇抜な衣装に身を包んだ複数のモデルが登場します。シュールレアリスティックなシチュエーションの中で、テキストとともに伝えられるのは、次のようなメッセージです。
「躍動を生み出せ」「鮮やかに生きろ」「平凡を消し去れ」「型を破れ」「何もまねするな」
個性的な8名のモデルたちは、多様性を象徴しているのでしょう。岩が割れると、ジャガーのマスコット「リーパー」(跳躍するジャガーのシルエット)が登場します。
続いて、遺跡の採掘を思わせる刷毛(はけ)をともなって紹介されるのは、幾何学的なストライプパターンや新しいロゴタイプです。
最後に、EV車のプロトタイプ「TYPE 00」の一部分が、岩の中から掘り出されて動画は終わります。自動車がほとんど姿を見せません。まるでファッションブランドのプロモーションのようなインパクトの強い動画です。
アートの祭典で披露されたデザイン・ビジョン・コンセプト
アートの祭典「マイアミ・アートウィーク」が、2024年12月に米国フロリダ州マイアミで開催されました。そこで、ジャガーEV車のデザイン・ビジョン・コンセプト「TYPE 00」(タイプゼロゼロ)が「Copy Nothing」というテーマのもとで披露されたのです。
ミニマルなデザインのTYPE 00は、なんとなくバーチャルな印象を与えると同時に、サテンの質感を持つ、削り出した塊にも見えます。まるで自動車をモチーフにした立体アート作品のようです。
マイアミ・アートウィークで、プレゼンターとして登壇したのは、ジャガー・ランドローバー社のチーフ・クリエイティブ・オフィサー、ジェリー・マクガバン(Gerry McGovern)氏でした。
マクガバン氏は、英国のクリエイティビティがもっとも輝くときには、いつも論争が巻き起こってきたと言います。彼にとっての創造性のヒーローとして、3人の名前をあげました。デヴィッド・ボウイ、ヴィヴィアン・ウエストウッド、リチャード・ロジャースです。
- デヴィッド・ボウイは、「ヒーローズ」「レッツ・ダンス」「スペース・オディティ」などの名曲・ヒット曲を生んだミュージシャンです。映画『戦場のメリークリスマス』などの作品にも俳優として出演しました。自らの表現スタイルを革新し続けました。
- ヴィヴィアン・ウエストウッドは、王冠と地球をモチーフにしたシンボルマークで有名なファッションブランドの創設者。ロックテイストの服を作り、70年代のパンクムーブメントを生み出しました。
- リチャード・ロジャースは、「ハイテク建築」と呼ばれるジャンルを生み出した建築家です。パリのポンピドゥー・センターをレンゾ・ピアノと共作したことで知られます。他には、ロンドンオリンピックの会場にもなったミレニアムドームや、ロイズ・オブ・ロンドンも代表作です。
マクガバン氏はこう言います。
「彼らは英国の先駆者として慣習にいどみ、既成概念を模倣することには興味を持ちませんでした。それは、ジャガーが最高の状態にあるとき、既存の自動車デザインのルールを捨て去り、EタイプやXJ-Sを生み出したのと同じです」
「Eタイプ」「XJ-S」はジャガーブランドの歴史的名車です。
新しいビジュアルアイデンティティの4つの要素
Jaguar Type 00, presented by our Chief Creative Officer Professor Gerry McGovern OBE.
A new design philosophy. pic.twitter.com/HNf6sq48Tf
— Jaguar (@Jaguar) December 3, 2024
新しいジャガーブランドは「Exuberant Modernism」という哲学によって定義されます。「躍動するモダニズム」といった意味です。
ジャガーの変革を象徴するビジュアルアイデンティティの要素が公開されています。次の4つの要素が新生ブランドの新しい顔です。
- デバイス・マーク(Device Mark)
- ストライクスルー(Strikethrough)
- エグジューベラント・カラー(Exuberant Colours)
- メーカーズ・マーク(Makers Marks)
それぞれに異なる意味が込められています。また、いずれも汎用性の高さを意識してデザインされました。
生まれ変わったロゴタイプ「デバイス・マーク」
2012年から使われてきたロゴタイプは、タテとヨコのストロークの太さにコントラストのあるサンセリフ書体でした。文字幅が広い大文字だけで組まれています。
セリフ書体の優美さを感じさせる、伝統と現代性を兼ね備えたデザインです。
一方、「デバイス・マーク」と名づけられた新しいロゴタイプは、同じくサンセリフ書体ですが、もっと幾何学的な骨格を持っています。円形を基本としたフォルムは、記号のようにも感じます。
過去のデザインと大きく異なるもうひとつの点は、大文字と小文字をミックスして組まれていることです。先代のロゴが「JAGUAR」だったものが、「JaGUar」と一見ランダムに組み合わされているかのように見えます。
ふたつの「a」と「G」は同じ真円から生まれたようです。また、「J」と「r」は同じ曲線を180度回転させたもので、「U」と同じ素性を感じさせます。
ジャガーの公式サイトでは、次のように解説しています。
「大小の文字をシームレスに融合させることで、意外性と視覚的な調和を生み出しています」
直線で構成された力強いパターン「ストライクスルー」
16本の横縞のストライプは、「ストライクスルー」と名づけられました。
公式サイトには、「この大胆な直線的なグラフィックは、ジャガーに揺るぎない存在感をもたらし、一目でそれとわかるビジュアルを確立する」と述べられています。
「凡庸さや模倣を打ち破る、力強いシンボルです」
デザイン・ビジョン・コンセプト「TYPE 00」でも、ストライクスルーは印象的に採用されています。グリルレスのフロントマスクやリアエンド、内装でデザインのキーとなっています。
躍動感あふれるカラーパレット「エグジューベラント・カラー」
新ブランドのアナウンス動画のファッションに見られるように、イエロー、レッド、ブルーといった原色を基調としています。ブランドの価値観やアートとの結びつきを体現してるカラーバレットです。
質感と動きの表現を意図しています。
日本人には発音しにくい「Exuberant」という単語は、エネルギーのほとばしる、生い茂る、豊かな、活気あふれる、生き生きとした、躍動感のある、といったニュアンスです。
伝統と進化を象徴する「メーカーズ・マーク」
シンボルマークとして40年以上使われてきた、跳躍するジャガー「リーパー」も今回リニューアルされました。
これまで左に向いてジャンプしていたものが、右向きに反転しました。また、ストライクスルーを背景に、シルエットとして抜かれたミニマルデザインとなっています。
引き続き採用することで、ジャガーの伝統と正統性を表現しています。前進し続ける姿は、ブランドが常に時代の先を走っていることの体現でもあります。
さらに、今回新たに作られたのが、ロゴタイプの「J」と「r」を組み合わせたモノグラムです。完成した作品の証として使われます。
このエンブレム状のシンボルには「アーティスト・マーク(Artist’s Mark)」という名前も付けられています。アート作品の作家の署名のような位置付けなのでしょうか。
このモノグラムは、TYPE 00のホイールの中央にレイアウトされています。
デバイス・マークと「Jaguar」の発音
日本ではジャガーと発音していますが、米語ではジャグワのように発音し、英国ではジャギュアのような発音です。これは、自動車ブランドだけのことではなく、アマゾン川流域のジャングルに生息する大型のネコ科の動物の発音も同じです。
あたらしいロゴタイプの「JaGUar」という表記は、「JaG」と「Uar」というふたつのかたまりに感じるひとがいるようです。
ジャガーファンは、親しみを込めて「Jag」と縮めて呼びます。また、「U」が大文字だと「ユー」と発音したくなります。つまり、JaG(ジャグ)とUar(ユーアー)となるわけです。これを続けて発音すると「ジャギュア」となるので、英国風に発音させたいのではないか、というコメントがネット上に見られます。
つまり、英国ブランドであることをアピールしている、という意見です。
しかし、おもしろい考えではありますが、大文字小文字の選択は、あくまでも視覚的なデザイン上の理由によるものでしょう。
「Copy Nothing(何もまねしない)」は創業以来のフィロソフィー
William Lyons via Wikipedia
バイク好きの青年ウィリアム・ライオンズ(William Lyons)が友人とジャガーの前身となる会社を設立したのは1922年でした。自動車メーカーではなく「サイドカー」を作っていました。社名も「Swallow Sidecar Company(スワロー・サイドカー・カンパニー)」です。
サイドカーとは、運転者以外を乗せるために、オートバイの横に取り付ける車輪付きの台です。荷物を運ぶ目的でも使われました。4輪自動車が庶民の高値の花であった時代に流行しました。
1935年に、ライオンズたちは最初の自動車を製造します。モデル名は「SS Jaguar(SSジャガー)」です。社名は「SS Cars (SSカーズ)」に変更。さらに、第二次世界大戦後の1945年に、社名を「Jaguar Cars(ジャガーカーズ)」に変更しました。ジャガーブランドの誕生です。
1948年に2シーターのスポーツカー、「ジャガーXK120」を発売。最高速度は、時速120マイル(時速193km)を超え、流線型の美しいスタイリングとあいまって、世界中にジャガーの名前をとどろかせました。
1950年代には、レーシングカーの開発にも着手します。ル・マン24時間レースをはじめ、さまざまな自動車レースで数々の記録をうちたてました。
その後も、1961年に発売開始したスポーツカー「Eタイプ」や1975年発売のクーペ「XJ-S」などの名車を生み出しています。
決してだれかの後追いをせず、独自のコンセプトを果敢に具現化し続けたことがジャガーブランドを輝かせ続けました。先に紹介した公式動画のタイトル「Copy Nothing(何もまねしない)」は、創業者ウィリアム・ライオンズの次のような考え方を踏まえたものです。
「ジャガーは何ものも真似てはならない」
ジェリー・マクガバン氏は、新しいジャガーブランドは「想像力に富み、大胆で芸術的」であり、「唯一無二で恐れを知らない」とコメントしています。
ボンネットマスコットと歴代のブランドロゴ
前述のとおり、ブランド名がジャガーとなったのは、第二次世界大戦後です。その後も、ロゴデザインは何度か大きなリニューアルがおこなわれました。
跳ねるジャガー「リーパー」以前
・エンブレムロゴ / Soloviova Liudmyla – stock.adobe.com
1945年に社名をジャガーに変更したときのロゴは、サイドカー・メーカーとして創業した1922年当初のデザインを踏襲したものです。広げた翼の中央に、角ばった書体で描かれた大文字の「JAGUAR」が入れられていました。
1951年には、翼のデザインは取りのぞかれ、文字だけのロゴタイプとなりました。独特な風合いを持つ、モダンなセリフ書体です。
・メダリオンロゴ / photogoodwin – stock.adobe.com
1957年からは、円形のメダリオンがロゴとして使われるようになります。正面から見たジャガーの顔が中央にレイアウトされています。メダリオンの上部には、先代のロゴタイプとは異なるセリフ書体でブランド名が記されました。
ボンネットマスコットに「リーパー」登場
・Jaguarのリーパー / Doublelee – stock.adobe.com
「リーピング・キャット(leaping cat=跳ねるネコ)」とも呼ばれるマスコット「リーパー(leaper=跳ねるもの)」が、ロゴデザインとして採用されたのは1982年でした。
しかし、この「リーパー」は、自動車本体にはそれ以前から採用されていました。1945年に発売されたモデルのボンネットには、最初のリーパーが装着されています。跳躍するジャガーを形どったボンネットマスコット(フードクレストマーク)です。
ボンネットマスコットというのは、自動車のフロントの先端に取り付けられる立体的なオーナメントのことを言います。ブランドのシンボルとして選ばれた一部の高級車にのみ装着されてきました。
ロールスロイスの「スピリット・オブ・エクスタシー(フライングレディ)」やメルセデス・ベンツのスリーポインテッド・スターなどは、現在でも見かけることがあるボンネットマスコットの例です。
ロゴデザインへの「リーパー」の採用
・Jaguarの旧ロゴ / hectorchristiaen – stock.adobe.com
跳ねるジャガーとロゴタイプが組み込わされたデザインが、メダリオンロゴに代わって登場したのは1982年です。
ブランド名のロゴタイプは、大文字で組まれています。書体「Albertus(アルバータス)」を思わせるセリフ体は、碑文のような力強く権威を感じさせるデザインです。モータースポーツでの英国のナショナルカラーであるダークグリーンが採用されました。ロゴタイプの上には、版画のような勢いのあるラインで描かれたリーパーのイラストがレイアウトされています。
その後は、ロゴタイプの書体やイラストのタッチが変更されたり、自動車業界でブームとなった3D化の時代を経てきましたが、ロゴタイプとリーパーによる構成は40年以上変わりませんでした。
ボンネットマスコットに由来するリーパーや、歴代のロゴタイプと比べると、今回のブランドリニューアルが、いかにドラスティックなものであるかが強く感じられると思います。
EV専門ブランド化と「完全なるリセット」
冒頭で触れたように、ジャガー・ランドローバー社は、ジャガーブランドの電気自動車(EV)専門ブランドへの完全移行を決定しました。量産EVモデルの発売は2026年を予定しています。
2024年のジャガーの平均価格は5万5千ポンド(約1,000万円)でしたが、新しいジャガーEVモデルの価格帯は、2倍以上も高い12万ポンド(約2,300万円)程度を想定しているといいます。
ジャガー・ランドローバー社の最高経営責任者(CEO)のエイドリアン・マーデル(Adrian Mardell)氏が、あるメディアのインタビューに次のように答えています。
「新しいジャガーは高級で、より少ない台数をより高い価格帯で販売します」
ジャガー担当マネージング・ディレクター、ロードン・グローバー(Rawdon Glover)氏は、次のようにコメントしました。
「これは完全なリセットです。ジャガーはその独創性を取り戻し、新しい世代にインスピレーションを与えるため、生まれ変わります」
おそらくネット上での反応を念頭に置いて、ジェリー・マクガバン氏は昨年末のマイアミ・アートウィークで、新生ジャガーについて次のように発言しました。
「今すぐに好きになる人もいれば、後から好きになる人もいる。そして、決して好きにならない人もいるかもしれません。それでいいのです。なぜなら、それが恐れを知らぬクリエイティビティというものですから」
【参考資料】
[Jaguar公式サイト]
Jaguar | Copy Nothing | Delete Ordinary (https://www.jaguar.co.uk/copy-nothing/index.html)
[Jaguar メディアセンター]
FEARLESS. EXUBERANT. COMPELLING. THIS IS JAGUAR, REIMAGINED | Jaguar 2024 Media Newsroom (https://media.jaguar.com/news/2024/11/fearless-exuberant-compelling-jaguar-reimagined-0)
[ジャガー・ランドローバー社公式サイト]
JLR Corporate Website (https://www.jaguarlandrover.com/)
[メディア]
Jaguar Logo Changes Are First Step in the Luxury Brand’s Rebirth (https://www.caranddriver.com/news/a62939000/jaguar-new-logos-brand-relaunch/)
JAGUAR, A NEW LOGO TO REIMAGINE THE BRAND – Auto&Design (https://autodesignmagazine.com/en/2024/11/jaguar-a-new-logo-to-reimagine-the-brand/)
JaGUar? Luxury automaker defends controversial rebrand amid pivot to EVs (https://www.cnbc.com/2024/11/22/jaguar-luxury-automaker-defends-controversial-rebrand-amid-pivot-to-evs.html)
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