・Specimen of the typeface DIN 1451.(CC BY 3.0)
日本の「JIS」に相当する、ドイツの工業規格「DIN」を名前に持つ書体DINは、無駄のないシンプルなサンセリフ体です。基本的にストロークが均一で、幾何学的な構造を持ちます。遠くからでも視認性が高く、サインシステムなどに適していると同時に、本文テキストとしても読みやすい書体です。
1990年代にデジタルフォントがリリースされると、モダンなスタイルがグラフィックデザイナーに受け入れられ、またたく間に人気書体となりました。日本国内でも、ロゴや英語キャッチにかぎらず、エディトリアルから広告まで広く使われています。また、日時や価格表示などの数字にもDINをよく見かけます。
DINは、ドイツ語「Deutsches Institut für Normung」(ドイツ規格協会)の略称です。日本産業規格の英語「Japanese Industrial Standards」の略称であるJISは「ジス」と読まれますが、DINはドイツ語で「ディン」のように発音されます。英語圏でも同じように読まれるのが一般的です。ドイツ規格協会のサイトのテキストには、スタイルシートの「font-family: DIN;」でDINが指定されています。
DINを採用したロゴの例
交通標識からパンフレットの本文までオールマイティのDINは、ロゴタイプにも活用されています。
ジェットブルー航空のロゴ(米国)
・ジェットブルー航空のロゴ / Lukas Wunderlich – stock.adobe.com
ジェットブルー(JetBlue Airways)は、1999年に創業した米国の格安航空会社(LCC)です。同社のロゴタイプが書体DINを採用しています。ジェット(jet)と青(blue)という単語をひとつに組み合わせたロゴは、「B」を大文字にしたキャメルケースになっています。小さく曲がった「t」「l」の下端と「e」「u」のカーブが共鳴して心地よいリズムが感じられます。飾り気のないきまじめな文字で組まれたロゴタイプですが、全体として強くまとまったデザインです。
ジェットブルーのブランドデザインの面白いところは、シンボルマークがないという点です。日本航空やルフトハンザ航空のツルやカンタス航空のカンガルー、または、タイ国際航空のタイ文化を象徴したデザインなど、エアラインには印象的なシンボルマークがたくさんあります。しかし、ジェットブルーの垂直尾翼にシンボルマークはありません。大きくしたり斜めにしたりといった処理もおこなわれていないロゴタイプが、控えめにレイアウトされています。
その代わりというわけではないでしょうが、ジェットブルーの垂直尾翼には機体ごとに異なる模様が塗装されています。ブルーを基調としたモダンでカジュアルなパターンの上に白抜きのロゴマークが置かれ、遠くからでもジェットブルーの機体だとわかります。
・ジェットブルー航空のロゴ / Markus Mainka – stock.adobe.com
機体ごとに異なるパターンときまじめな書体DINのロゴタイプという組み合わせは、親しみやすさと安全性・信頼性を両立させながら、ジェットブルーというブランドを他社から際立たせることに成功した、とてもすぐれたアイデアです。
シンプルヒューマンのロゴ(米国)
シンプルヒューマン(Simplehuman)は、11歳のときに家族に連れられて台湾から移ってきたフランク・ヤン(Frank Yang)氏が、米国で2000年に創業した家庭用品ブランドです。取るに足らない家庭用備品であると考えられていたゴミ箱を、機能的で美しい外観を持つ製品に変えました。センサーを搭載したゴミ箱やソープポンプ、ハイテク手鏡などを開発し、「家庭用品のアップル」とも呼ばれています。
シンプルヒューマン社のロゴも書体DINをベースにしたデザインです。一見すると、小文字で組んだだけのロゴタイプのようですが、「human」の「u」と「m」のストロークが共用されています。また、ブランド名は「simplehuman」と合成された1単語なのですが、ロゴタイプでは「e」と「h」の字間がほかよりもわずかに広いです。公式サイトや、商品写真のロゴを見た感じでは、2単語に感じさせるのが目的ではなく、純粋に視覚的バランスを求めた結果なのかもしれません。
シンプルヒューマンの公式サイトには同ブランドの特徴として、ハイパフォーマンスと革新性、ミニマリスト、品質への強いこだわり、といったことばが挙げられています。こういった方向性にマッチしたロゴデザインであることは確かです。
バーミンガム・シティ大学のロゴ(英国)
#BCUHSCawards18 will be taking place on Friday 20th July at Edgbaston Cricket Ground. Don't forget to nominate – https://t.co/muxiDjasU6 @BCUMidwives @BCUNursingteam @BCUNursing @LisaAbbott75 @carold10036 pic.twitter.com/LmOl3M3iiH
— Birmingham City University Events (@BCUEvents) May 31, 2018
いくつかのカレッジが統合されて1971年に誕生したザ・シティ・オブ・バーミンガム・ポリテクニックは、1992年に継続教育・高等教育法が施行されたときに、バーミンガム中央イングランド大学となります。そして、2007年に名称を現在のバーミンガム・シティ大学(Birmingham City University)に変更しました。
このときに生まれたのが、書体DINを使ったロゴです。動物の紋章とロゴタイプで構成されています。大学名が「City」まで大文字で組まれているので、バーミンガム大学(University of Birmingham)との混同は避けられるはずです。
動物の紋章は、1971年のポリテクニック設立のときに統合されたバーミンガム商科大学が掲げていたものを現代的に描きなおしました。この動物は、トラを実際に見る機会のなかった時代に描かれていた「紋章の虎」です。ですから、ライオンのような尻尾を持ちながらタテガミがなかったり、頭の位置や首の長さに違和感を感じるなど、実在しない動物の姿となっています。
現代的な仕上げながらも古風な印象の紋章と、書体DINのモダンなロゴタイプとのコントラストとバランスがうまく実現されたデザインです。
フォーエバー21のロゴ(米国)
・フォーエバー21のロゴ / BGStock72 – stock.adobe.com
フォーエバー21(Forever 21)は、ロサンゼルスで1984年に創業したファストファッションブランドです。原宿店、銀座店オープンのときは話題となりました。
DINのコンデンス体をベースに組まれた大文字だけのロゴタイプは、字間を広めにとってあります。数字の「1」のカギ状に突き出た部分の角度が、DINの文字とは異なり直角になっています。これは「F」と対照になることを意識したのでしょうか。
ディレクTVのロゴ(米国)
・ディレクTVのロゴ / Rafael Henrique – stock.adobe.com
ディレクTV(DirecTV)は、南北アメリカを対象とした衛星放送サービスです。1994年にサービスの提供を開始しました。その後、売却による所有者の変更などを経て現在はAT&Tの子会社となっています。ロゴマークもこれまで数回デザイン変更されました。一方、ロゴタイプの書体は、2005年のリニューアル以降ずっとDINが採用されています。
2021年にリニューアルされたロゴは、基本的に文字だけの構成ですが、大きく弧を描く切れ目などのデザイン処理が施されています。1993年から2015年まで使われていた、頭文字「D」をモチーフにしたシンボルマークを思い起こさせます。人工衛星や宇宙ステーションから見た地球と背景の宇宙のようにも見えます。
「Direc」だけに切れ目を入れていることと、黒とブルーの色分けによって「TV」がうまく立っています。シンプルながらよく考えられたデザインです。
地味なテンプレートから大人気フォントへ
・ドイツの交通標識 / EdNurg – stock.adobe.com
書体DINのルーツは鉄道にあります。貨車の車体に車両番号を書くための文字だったものが、ドイツの鉄道のサインシステムの標準書体として定着します。1930年代になると、DIN規格によって交通標識や道路表示用の書体となりました。次第にドイツの工業製品全般で使われるようになります。1990年代にデジタルフォント化されると当初の想定していた用途を超えて、グラフィックデザインの定番書体としても広く使われるようになりました。
ルーツは鉄道用標準書体
via Wikipedia (プロイセン邦有鉄道)
ドイツのプロイセン邦有鉄道が1905年に、貨物車両用に標準レタリングを定めました。すべての車両の書体を統一するのが目的でした。1920年に、ドイツ国内各地域の鉄道がドイツ国営鉄道に統合されると、案内表示などサインシステムの事実上の標準書体として、プロイセン邦有鉄道のレタリングがドイツ国有鉄道全体で使われるようになります。
DIN 1451の制定
via Wikipedia (DIN1451)
1931年にドイツ標準化協会(DIN)が、規格番号1451を発行します。これは、看板や道路標識、道路案内、番地表示、さらに、製図など技術関連文書のための標準書体を定めるものでした。
エングシュリフト(Engschrift=コンデンス)とミッテルシュリフト(Mittleschrift=ミディアム)の2種類の書体が作られました。マス目をガイドラインとして、直線と弧を組み合わせた幾何学的な文字です。コンデンスが3×7、ミディアムが4×7または5×7のグリッドに沿って描かれました。スケールとコンパスを使えば、だれが書いても同じになるように単純化された字形です。
1936年に正式版がリリースされました。1938年にはアウトバーン(高速道路)で使う書体として指定されるなど、現在に至るまでドイツのほとんどの公共標識でDIN 1451が使われています。
DIN 1451は、機械による刻印、手書きレタリング、ステンシルなどによって利用されましたが、DIN 1451の金属活字は作られることはありませんでした。1970年代にレトラセット(Letraset)版と写植版がリリースされます。1980年代に入るとレタリングアーティスト、アドルフ・グロップ(Adolf Gropp)の手によってデザインの手直しがおこなわれました。
デジタルフォントの登場
パソコンが普及し、デジタルフォントへの需要が高まると、ライノタイプ社がアドビ社と共に書体「DIN Mittelschrift(ミッテルシュリフト)」と「DIN Engschrift(エングシュリフト)」を開発します。1990年にリリースされると、欧米の一流グラフィックデザイナーが採用しはじめることによって、一躍人気書体となりました。
1994年には、アムステルダム生まれのオランダ人書体デザイナー、アルバート=ヤン・ポール(Albert-Jan Pool)氏がデザインした「FF DIN」が、フォントショップ(FontShop)社からフォントフォント(FontFont)ライブラリの書体としてリリースされます。カーブを滑らかにするなど、従来のDIN書体に手が加えられました。また、オルタネート文字や記号、ウェイトバリエーション、多言語サポートなどによって、非常に充実した書体ファミリーとなります。「FF DIN」は大ヒットし、ポール氏は「ミスターDIN」と呼ばれるようになりました。
2017年の集中プログラム「TypeParis」の講座で、ポール氏がおもしろいエピソードを語っています。アルバート=ヤン・ポール氏が「FF DIN」をデザインするきっかけを作ったのは、作家で書体デザイナーのエリック・シュピーカーマン(Erik Spiekermann)氏です。
(1:41:30 – 1:44:21:エリック・シュピーカーマン氏とのエピソード)
シュピーカーマン氏からプロジェクトのオファーを受けたとき、どんな書体だろうとポール氏は期待をふくらませていたのですが、それがDINだと知って困惑したといいます。それまで、DINはヒドい書体だと考えられていたからです。著名な書体デザイナーの多くも、技術者がルーラーとコンパスで作った書体は手の施しようがないと考えていました。
MoMAのデジタル書体コレクションに
・MoMA / vacant – stock.adobe.com
2011年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、建築・デザインコレクションに初めてデジタル書体を加えました。それまでMoMAのコレクションに加えられていた書体は、ヘルベチカ・ボールドの36ポイントの活字だけでした。
「標準偏差(Standard Deviations)」と名付けられたコレクションには、23種のデジタル書体が選ばれました。そこには、OCR-A、FFブラー(FF Blur)、バーダナ(Verdana)、ゴッサム(Gotham)といった書体ともに、アルバート=ヤン・ポール氏のFF DINも展示されています。
複数ベンダーから提供されるさまざまなDIN書体
名前にDINがつく書体は、さまざまなファウンドリからリリースされています。たとえば、フォントベンダーサイトMyFonts by Monotypeでは、FF DIN、DIN Next、URW DIN、DIN 2014、DIN 1451、PF DINといった多くの書体が購入可能です。また、それぞれの書体ごとにラウンド、ステンシル、スラブ、セリフといったバリエーションを持っています。
選択肢が多すぎてどれを選べばよいか迷うところですが、ウェイトバリエーションやストロークの微妙な調整、数字、「o」などのカーブ、オルタネート文字などがフォントファミリーごとに異なります。DINを使いたい単語を組んでみると、全体の印象の違いがはっきり出てくるでしょう。
【参考資料】
・トニー・セダン 著、長澤忠徳監 訳、和田美樹 訳『20世紀デザイン グラフィックスタイルとタイポグラフィの100年史』、東京美術
・大谷秀映 著、『The Helvetica Book ヘルベチカの本』、エムディーエヌコーポレーション
・ピーター・ドーソン 著、手嶋由美子 訳『街で出会った欧文書体実例集』、ビー・エヌ・エヌ新社
・小林章 著、『欧文書体』、美術出版社
・小林章 著、『フォントのふしぎ』、美術出版社
・A short history of the geometric sans | FontShop (https://www.fontshop.com/content/short-intro-to-geometric-sans)
・DIN 1451 – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/DIN_1451)
・FF DIN – Wikipedia (https://en.wikipedia.org/wiki/FF_DIN)
[DIN(ドイツ規格協会)サイト]
・DIN – Deutsches Institut für Normung (https://www.din.de/de)
[MoMAパーマネントコレクション]
・MoMA | Digital Fonts: 23 New Faces in MoMA’s Collection (https://www.moma.org/explore/inside_out/2011/01/24/digital-fonts-23-new-faces-in-moma-s-collection/)
・Standard Deviations: Types and Families in Contemporary Design | MoMA (https://www.moma.org/calendar/exhibitions/1138?installation_image_index=12)
[DIN 1451:ライノタイプ社デジタルフォント]
・DIN 1451 font family | Linotype.com (https://www.linotype.com/306/din-1451-family.html)
[FF DIN:アルバート=ヤン・ポール(Albert-Jan Pool)デザイン]
・FF DIN Font | FontShop (https://www.fontshop.com/families/ff-din)
[さまざまなDIN]
・DIN | MyFonts (https://www.myfonts.com/search/DIN)
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