「手間ひま」という言葉の裏側で、僕たちが本当に感じる価値とは何か?
ネットでも街中でも、「手間ひま」を強調する広告を見かける機会は少なくありません。手作りのアクセサリー、じっくり煮込んだカレー、職人技が光る革製品。その言葉には、作り手の誠実さや愛情が込められているようで、なんだか温かい気持ちになりますよね。僕たちもデザイナーとしてものづくりに関わる端くれとし
なぜ僕は、嫌いな人の不幸を喜べなくなったのか?
最近、ふと思うことがあります。誰かの失敗や不運な話を見聞きしたときに、かつて心の中に芽生えていたはずの、あの黒い感情が湧いてこなくなった...と。もちろん、良くない行いに対して「それは良くないね」という冷静な判断はあります。でも、心のどこかで相手の不幸を喜ぶような、「ざまぁ見ろ」という気持ち
その表現は覚悟の上ですか? 風刺とシンボルがもたらすパワーとリスク
街を歩いていたり、SNSを眺めていたりすると、思わず「おっ」と目を引く広告やデザインに出会うことがあります。有名な絵画をパロディにしていたり、どこかで見たことのあるキャラクターに似ていたり。そうした表現は、元ネタを知っている人ならニヤリとできる面白さがありますよね。一方で、時々「これは、大丈
その「ビニール袋」は本当にビニール製?日常に潜む素材の勘違い
普段、何気なく使っている言葉やモノに対して、「あれ、これって本当にそうなのかな?」と、ふと疑問に思うことってありませんか。そんなことをぼんやり考える時間が好きだったりします。今回は、そんな日常の中で僕が「おや?」と思った、身近なアイテムの「素材」に関するお話です。特に、私たちの生活に欠かせな
シミュレーションゲームが教えてくれた、計画と継続の大切さ ~「A列車で行こう」と僕の仕事論
皆さんは、子供の頃に夢中になったゲームはありますか? 僕にとって、それは「A列車で行こう」というシミュレーションゲームでした。当時はただただ楽しくて時間を忘れて遊んでいたのですが、大人になってデザインの仕事をするようになった今、あのゲームから学んだことが、実は今の自分の仕事観や物事の進め方に大きな影
GW明けに改めて思う、休日の価値と「平日をどう楽しむか」問題
ゴールデンウィークが終わりましたね。皆さん、どんな休日を過ごされましたか? 旅行に出かけたり、趣味に没頭したり、あるいはゆっくりと体を休めたりと、思い思いの時間を楽しまれたことと思います。僕も普段なかなかできないことに時間を使えて、とてもリフレッシュできました。大型連休って、なんだか特別な響
空白の時間にこそ価値がある?あえて「やることないなぁ」を楽しむススメ
毎日、なんだか忙しいですよね。仕事やプライベートの予定、SNSのチェック、新しい情報のインプット…。気づけば、常に何かに追われているような感覚に陥っている人も多いのではないでしょうか。「スケジュール帳が埋まっていないと不安」「暇な時間があると、何か有益なことをしないともったいない気がする
「ズボラ」を楽しもう──『#ズボラPhotoshop』が生まれた理由
僕はこれまでさまざまなクリエイティブ関連の書籍を読んできましたが、ひとつ大きな気づきがありました。それは、「丁寧に学べる良書はたくさんあっても、ズボラでも気軽に始められる本って案外少ない」ということです。そこで、自分の経験を活かして「短時間で試せて、楽しさが先に立つようなPhotoshopレシピ集」
未来は「積み重ね」でできている。今日、ちょっとだけ頑張ってみませんか?
ふとした瞬間に、「将来どうなっているかな」なんて考えること、ありますよね。数年後の自分はどんな仕事をして、どんな生活を送っているんだろう…みたいに。なんとなく、良い未来が待っていると期待したり、逆に漠然とした不安を感じたり。でも、その「将来」って、どこか遠い未来の話のように感じませんか? ま
耐える必要なんて1mmもなかった。僕が伝えたい「逃げる勇気」
人生の三分の一くらいの期間をいじめられ続けてきた僕が、今本当に強く思うのは「耐える必要なんて1mmもなかった」ということです。もちろん、その当時は「これを乗り越えた先に何かがあるかもしれない」「自分にも悪いところがあったのかもしれない」と自分を責めながら、必死に耐えていました。でも振り返って