
耐える必要なんて1mmもなかった。僕が伝えたい「逃げる勇気」
人生の三分の一くらいの期間をいじめられ続けてきた僕が、今本当に強く思うのは「耐える必要なんて1mmもなかった」ということです。もちろん、その当時は「これを乗り越えた先に何かがあるかもしれない」「自分にも悪いところがあったのかもしれない」と自分を責めながら、必死に耐えていました。
でも振り返ってみると、あれだけの時間と気力をすり減らして何か得られたかというと……正直、何もありませんでした。頭をよぎるのは“無”という言葉。だからこそ僕は、もしあなたがいじめに悩んでいるならば、迷わず「逃げてほしい」と思います。
いじめは「慣れ」てはいけないと思う
いじめって、最初はすごく苦しくて、怖くて、どう対処すればいいかわからないものです。でもその状態が長く続くと、不思議なことにだんだん「慣れ」みたいなものが生まれます。苦しさが日常になってしまって、感覚がマヒしてしまうんですよね。僕自身も気づけばそうなっていて、「どうしようもないから仕方がない」と諦めていました。
でも、本来いじめは慣れてしまうようなものではありません。精神的にも肉体的にも、確実に追い詰められていく。慣れというのは、心が悲鳴をあげるのをやめてしまうサインなのかもしれません。もし今あなたが「もう慣れちゃった」という状態なら、一度立ち止まってみてほしい。そこで耐えることに、なんのメリットがあるのかを冷静に考えてみてほしいんです。
「学び」があったと思いたい気持ち
いじめられた経験を持つ人の中には、「自分の過去を否定したくないから、あれはあれで学びがあったんだ」と考える人もいます。僕自身もそうでした。せっかくあれだけ辛い思いをしたんだから、何かしら糧にしたいと必死に思い込もうとした。でも、実際に残ったものは何かと聞かれると、答えられないんです。
もちろん、「忍耐力がついた」とか「他人の気持ちに寄り添えるようになった」という人もいるかもしれない。だけど僕の場合は「ただ長く苦しい日々をやり過ごした」という記憶しか残っていなくて、「そんな経験いらなかったな」というのが正直な感想なんです。
それでも「自分を否定したくない」という気持ちはわかります。過去を否定することは、自分自身を否定するようで怖いですからね。でも、あまりにも大きな代償を払って得られる“学び”というのは、本当に必要なものなんでしょうか。僕は今、「必要なかった」と言い切れます。
僕が伝えたい「逃げる勇気」
いじめの渦中にいると、逃げることは「敗北」や「甘え」といったネガティブなイメージを持たれがちです。学校や職場など、所属している場所から離れることに対して、「逃げ癖がつくんじゃないか」と心配する声も聞こえますよね。でも、僕ははっきり言いたい。「逃げる」というのは、生き抜くための正しい選択肢の一つなんだ、と。
脅威から離れるのは決して悪いことじゃない。苦痛の原因が明確であれば、それを断ち切るのが一番手っ取り早いんです。僕自身、もっと早く逃げ出せばよかったと何度も思いました。なまじ耐えてしまったことで、抜け出すタイミングを見失ってしまった。もし今、いじめで苦しんでいる人がこれを読んでくれているなら、「こんな状況だから逃げていいんだ」という安心感を少しでも持ってほしいと思います。
逃げることで世界が広がる
いじめが起こる環境にただ居続けるよりも、一度その環境から離れたほうが自分の心に余裕が生まれます。そこから初めて、自分自身の気持ちを客観的に見つめ直せるはずなんです。
たとえば、学校のいじめがひどいなら転校も選択肢になるでしょう。職場でのいじめなら退職もあるかもしれない。家族からのいじめ、虐待であれば行政に相談してシェルターに逃げ込むこともできる。どれも簡単ではないかもしれないけれど、「逃げる」という選択肢が解決への入り口になることもあるんですよ。
僕は「もっと早く逃げたら、もっと早く気持ちを切り替えて、次のステップに進めただろうな」と痛感しています。同じ苦しみを繰り返していたあの頃に、「自分がいる世界がすべてじゃないんだ」と気づく機会がもっとあればよかったんです。
逃げた後の自分を責めない
いじめから逃げた後、心のどこかで「自分は負け組だ」と責める気持ちが芽生えることがあるかもしれません。でも実際には、環境を変えたり、そこから離れたりすることは「自分を守るための優先順位を見直した」だけなんです。逃げた後の自分を否定する必要は一切ありません。
もし周囲があなたのことを「逃げた奴」と揶揄してきても、いじめから抜け出して新しい環境で生き直すことのほうが大事です。そもそも、いじめの被害者が加害者や周囲の目を気にしてさらに苦しむなんて理不尽すぎます。逃げることで自分の人生を再構築する権利があります。
本当の強さとは
僕が思うに、本当の強さって「自分で選択をする勇気」にあると思います。いじめのある場所で耐えるのではなく、そこから逃げるという選択。周囲の言葉に流されるのではなく、自分自身の心の声を聞き取ること。
耐えることが常に正しいと誰が決めたのでしょうか。いじめを受けている間に「強くなれる」なんて言葉は、単なるきれい事です。苦しみを避け、より良い場所を選ぶ。その決断こそが、あなたを本当の意味で強くするはずです。
おわりに
僕は、自分のいじめられていた過去を完全には否定しきれません。「あれはあれで何かプラスがあったのかも」と思いたい部分も、心のどこかにあります。でも現実には「何も学べなかった」と感じることのほうが多くて、無力感ややりきれなさが残っています。だからこそ強く言いたい。脅威からは逃げていい。耐える必要なんて1mmもない。
いじめが今まさに人生を蝕んでいるなら、一刻も早く逃げる準備を始めてください。あなたの人生は、他人によって支配されるためにあるわけじゃない。生き方を否定する人たちのいる場所からは、可能な限り距離を取ったほうがいいんです。逃げることに罪悪感なんていらない。そこから始まる新しい一歩こそが、あなた自身を大切にする最初の行動だと思います。
人生の三分の一くらいの期間をいじめられ続けて過ごしたんですが、今本当に言えるのは「耐える必要なんて1mmも無かった」という事です。自分の生き方を否定したく無いし、それにも「学び」があったと思いたい。でも実際、本当に何にも無いんですよね。無。だから僕は脅威からは「逃げろ」と言いたい。
X (Twitter) – May 5, 2018