ブランドは「記憶を貯めること」なのかもしれない
コカ・コーラ幹部の言葉。
デザイン業務の合間に海外のブログを巡っては、いろんなデザイナーや企業の考え方を読み漁ることも少なくありません。そうした中で、ふと目に入った言葉がずっと頭にこびりついて離れないことがあります。
それは「もしコカ・コーラが災害で全ての生産資産を失っても生き残れるだろう。しかし、消費者がコカ・コーラに関連する全ての記憶を忘れてしまったら、会社は潰れてしまう。(“If Coca-Cola were to lose all of its production-related assets in a disaster, the company would survive. By contrast, if all consumers were to have a sudden lapse of memory and forget everything related to Coca-Cola, the company would go out of business.”)」という趣旨の、コカ・コーラ幹部によるコメントだとされる言葉です。
正直、僕はこのソースをはっきり確認できていません。海外のデザイン系ブログで何度か見かけて、「なるほどなあ」と印象に残ったものの、信ぴょう性はどこまであるか分からない。けれど、この言葉が示す考え方そのものは、ブランドについて考えるうえで、とても腑に落ちます。
ブランドは記憶にこそ宿る
この言葉を聞いて、僕がまず感じたのは「ブランドというのは物理的なものじゃないんだな」という当たり前のようで深い真実です。工場や設備といった有形資産がすべて壊滅しても、ブランドそのものは残っている可能性があります。なぜならブランドは、人々の頭の中にある「記憶」や「イメージ」にこそ宿っているからです。
コカ・コーラを例にとると、その赤いロゴ、独特の瓶のシルエット、シュワッとした炭酸が喉をくすぐる体験…。子どもの頃に飲んだ懐かしい味や、パーティーで友達とシェアした記憶など、そうした無数の個人的な体験が積み重なって「コカ・コーラってこういうものだよね」というイメージを作っています。
もし、何らかの理由でそのすべてが人々の記憶から消え去ったら、たとえ立派な工場や販売網が残っていたとしても、その飲料は「ただのよく分からない炭酸飲料」に逆戻りします。極端な話、ゼロからブランドを作り直さなくてはならない。それは非常に困難なことです。
記憶の貯金という考え方
「ブランドは記憶の貯金」という表現がしっくりくる気がします。一回の体験で得られる印象はほんのわずかですが、それが積み重なることでブランドという大きな存在が支えられます。何度も買った、美味しかった、楽しかった、役に立った、憧れた――そうした「良かったこと」の断片が脳裏にたまっていく。それこそがブランドの強みです。
逆に、嫌な思い出や裏切られた体験が積み重なれば、そのブランドは人々の記憶貯金を失っていき、やがてもう一度手に取ってもらうことが難しくなるでしょう。
僕らデザイナーは何をしているのか
僕は日々、ロゴを描いたり、Webサイトのレイアウトを考えたり、パッケージの色使いを試行錯誤したりしています。でも、こうして考えると、デザイナーはただ見た目を整えているだけではなく、「どうすれば人々の頭の中に心地よい記憶を刻めるか」を考えることが大切なんだと感じます。
ロゴやビジュアルは、そのブランドを思い出してもらうためのフックです。しかし、本当に大事なのは、そのフックに結びつく体験の質です。広告やパッケージで注目を集め、その後の商品やサービスが実際に素晴らしかったとしたら、人はまた思い出して買おうと思うでしょう。その積み重ねこそがブランド価値を引き上げていくのだと僕は考えています。
フリーランスとしての「ブランド」
僕は規模の大きな企業ではなく、フリーランスとして一人で仕事をしています。大きな広告展開ができるわけでもないし、世間の誰もが知るわけじゃない。それでも「僕(僕たち)というブランド」は存在します。
クライアントとのやりとりで感じた安心感、納品物のクオリティや対応の速さ、企画提案の的確さ。これらひとつひとつの良い印象が、クライアントの頭の中で「またあいつに頼みたい」という記憶になっていく。それが僕のブランドの源泉です。
もし、僕が数ヶ月ごとに連絡が滞り、納期に遅れ、対応が粗雑になれば、すぐに「また頼みたい」という印象は崩れ、「もう頼むのはやめようかな」という記憶が植え付けられます。そうなるとブランド価値は一気に下がってしまう。
物理的な資産よりも脳内のイメージが強い
この考え方は、ソースがはっきりしないコカ・コーラ幹部の言葉を借りているため、真偽のほどは分かりません。けれど、ブランド論としてはとても納得感があります。なぜなら、最終的に商品やサービスを手に取るかどうかは、人間が決めることで、その判断基準は過去の体験や印象といった「記憶」によって支えられているからです。
工場や機械という有形資産も大切ですが、それらはお金と時間があれば比較的再建できる可能性があります。でも、「あのブランドが好きだ」という記憶をもう一度ゼロから作り上げるのは更に困難です。ブランドは人間の頭の中にあって、そこではお金だけではどうにもならない「信頼」や「愛着」が育まれます。
記憶がブランドを支える
最初に触れた言葉に戻ってみましょう。コカ・コーラが全ての生産資産を失っても、世界中の人が「コカ・コーラ」を覚えていれば、その期待に応える形で生産を立て直すことができます。人々がブランドを忘れない限り、需要が生まれる。その需要を形にする設備はいずれ整えられるはずです。
逆に言えば、どんなに立派な設備があっても、誰もそのブランドを知らなければ、「新参の無名ブランド」として一から頑張る必要があるわけです。それなら設備がなくても、ブランドの記憶が残っている方がはるかに強い。そこにブランドの本質があるような気がします。
記憶を武器にできるか
ブランドとは何か。結局、人々の中に「どんな記憶が刻まれているか」が全てなのだと思います。ロゴやパッケージ、広告戦略はその記憶作りのきっかけでしかありません。
僕自身、フリーランスとして働きながら、「いかにクライアントに良い記憶を残せるか」を日々模索しています。優れたデザインはもちろん大事ですが、それは単なる入り口であって、その後の対応や提供価値によって、「また頼みたい」「また触れたい」と思ってもらえる記憶を蓄積することこそがブランドを強くする鍵だと感じます。
ブランドとはなんぞやを凝縮したコカ・コーラ幹部の言葉。 「もしコカ・コーラが災害で全ての生産資産を失っても、生き残る事ができるだろう。しかし、消費者がコラ・コーラに関連する全ての記憶を忘れてしまったら、会社は潰れてしまうだろう。」
X (Twitter) – Mar 31, 2020