「戦わない」働き方が生む、クライアントとの信頼
「深夜作業なし」と決めたあの日
フリーランスのデザイナーとして独立して間もない頃は、少しでも多くの仕事を引き受けて、自分の技術と信頼を高めなきゃいけないという焦りがありました。若かったし、「忙しい=かっこいい」みたいなイメージにも流されやすかったんだと思います。でもあるとき、ぽっかりと空いた深夜の時間、疲労困憊でパソコンに向かい、頭を抱えた瞬間に、「これ、本当に意味あるんだろうか?」と自問しました。
その後、僕は決めました。「うちの事務所は徹夜や深夜作業は絶対にしない」。もちろん、最初は不安もややありました。クライアントからすれば、24時間いつでも稼働している事務所のほうが心強く見えるかもしれないし、僕のところよりも“がんばっている”ように見えるかもしれない。でもその不安を振り払って、あえて夜中には作業しない方針をとることにしたんです。
質の高いデザインには「目覚めた頭」が必要
デザインという仕事は、単純な作業の積み重ねではなく、アイデアとセンスが求められます。ロゴ一つにしても、Webサイトのレイアウトにしても、新しい発想や心地よい色使いは、頭が冴え渡っているときほど湧いてくるものです。
深夜、半分まぶたが落ちかけているときに紡ぎ出したアイデアは、翌朝見返してみると「あれ、何でこんな色使いにしたんだろう」とか「レイアウトがなんだかちぐはぐだな」と思うことが多いです。そういう“夜中のひらめき”は、実際にはノイズに近いと思っています。
僕たちがクライアントに求められているのは、スピードだけじゃないはずです。しっかり眠り、朝起きてシャキッと頭が冴えた状態でデザインに向き合うことで、よりクリアで質の高い提案ができる。これは、徹夜して疲れた頭からは決して生まれないものだと思います。
クライアントはいつの僕たちに仕事を頼みたいか?
クライアントの立場に立って想像してみてください。発注先のデザイナーがいるとして、「深夜まで寝ずにがんばってます!」と言われて、どれだけ魅力的でしょうか。たしかに「熱意」が伝わるかもしれないけれど、クライアントが本当に望んでいるのは、「ちゃんと休んでコンディションが整った状態で、最適な提案をしてくれるデザイナー」じゃないでしょうか。
僕らは、「24時間戦います!」というキャッチフレーズを好まない。むしろ「朝から晩までしっかり働くけれど、夜はちゃんと休む」というサイクルこそ、健やかな仕事を生み出す鍵だと思っています。結局、クライアントが僕たちに望んでいるのは、ヘロヘロの状態でギリギリ仕上げるデザインではなく、頭が冴え、感覚が研ぎ澄まされた状態で完成した仕事です。
働く時間と暮らしのバランス
僕がこの方針を掲げるようになってから、プライベートの時間も充実するようになりました。デザイナーはどうしても、作品や仕事にのめり込みやすい。これは職業病みたいなもので、常に「もう少しだけ」「ここを直せばもっと良くなる」と追い込んでしまいがちです。けれど、夜にパソコンを閉じると決めておくことで、自然と生活にリズムが生まれます。
夕飯を楽しみ、ゆっくり風呂に入り、ほっと一息ついてから布団に入る。翌朝は早めに起きて、散歩やストレッチで体をほぐしてから仕事に取りかかる。そういう生活サイクルは、クリエイティブなエネルギーを蓄え、良いアイデアを自然と引き寄せてくれます。単純なことですが、「人間らしい暮らし」を維持することで、デザインにもプラスの効果が生まれると感じています。
「徹夜しない」ことがもたらす価値
この方針を実行しはじめて、それまで当たり前に思っていた「深夜作業」が、実はまったく必要ないことに気づきました。逆に、夜はしっかり休むからこそ、日中の数時間がより濃密に、集中できる黄金の時間帯になる。
また、「うちは夜はやりません」と明言することで、クライアントとのやり取りもスムーズになりました。納期を設定するときにも、現実的なスケジュールを組むようになりますし、急に無茶な発注や変更が入ることも減りました。もしクライアントから「どうしても明日の朝までに!」という依頼があったとしても、こちらが無理せず「その時間までにクオリティを保証できない」ことを正直に伝えられます。
不思議なもので、そうやって僕たちのスタイルを明確に打ち出すことで、クライアントはむしろ僕らの仕事に対してより前向きに関わってくれるようになりました。彼らは僕らの生活リズムを尊重し、納得できるスケジュールでプロジェクトを進めてくれます。その結果、コミュニケーションも落ち着いて行われ、より良い成果物が生み出されるという好循環が生まれました。
僕らが選んだ「穏やかな働き方」
世の中には「忙しさ」や「稼働時間の長さ」を美徳とする風潮もあります。誰よりも早くメールに返信し、誰よりも遅くまで机に向かい、土日も関係なく働くことが「プロフェッショナル」だと思われることもあるでしょう。でも僕は、そういう在り方に疑問を感じています。
仕事は生活を支える大切な要素ですが、それだけが人生じゃない。暮らしのなかにある「休む」「遊ぶ」「楽しむ」という部分は、仕事で新しい発想を得るための肥料みたいなものです。「一晩中仕事して、ギリギリでクオリティを下げるくらいなら、ちゃんと寝て、朝に最高のアイデアを持ってきたほうがいい」と心の底から思うんです。
そして、それができるからこそ、クライアントにとっても僕たちは「信頼できるパートナー」になれるはずです。淡々とこなすだけでなく、提案に余裕があり、発想に温かみがあり、何より体力的にも精神的にも安定した状態で向き合うことができる。その総合力が、結果的にクライアントにもメリットをもたらすと思っています。
徹夜しないデザイン事務所に宿る穏やかさ
僕らが選んだ「徹夜しない・夜中まで仕事をしない」というシンプルなルールは、実はとても大きな意味を持っています。自由な働き方が可能なフリーランスであるからこそ、あえて自分を律し、人間らしい生活を維持する。そうすることで、仕事・作品のクオリティは上がり、クライアントとの関係性もより健全になる。
「昼間、最高の状態であなたの案件に向き合います」という当たり前の宣言が、結果的にお互いをハッピーにしている。僕たちはこれからも、この方針を貫いていくつもりです。どれだけ仕事が増えたとしても、どれだけ他所が熾烈な競争をしていたとしても、僕らは夜中にパソコンに向かいません。
その代わり、朝、しっかりと休息を経た新鮮な頭で、仕事に取り組みます。そのほうが、ずっと健やかで建設的だと思うんです。
うちの事務所は徹夜や深夜勤務は絶対しないと決めています。確かにバリバリ働く事務所はクライアントからは魅力的に見えるかもしれないけど、実際どの時間の僕たちに仕事をして欲しいだろうか?絶対に深夜のヘロヘロな時間ではないはず。シャキッ!としている時間がいいですよね?そういう事なんです。
X (Twitter) – Mar 10, 2020