メゾチントとは?
銅版画の一種であるメゾチントは階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。17世紀にオランダで発明されたメゾチントは、明暗の調子を豊かに表現できるため、絵画を複製する手段として活用されていました。
「目立て」で黒い面を作ることから始める制作工程
銅板の表面に細かな傷をつけると「ささくれ(burr)」が生じます。このささくれのおかげで版面につけたインクがふき取られずに残りります。紙に刷ると傷つけた部分のインクが転写されるという仕組みです。
メゾチントでは、最初に「目立て」をおこないます。ロッカー(rocker)と呼ばれる細かな金属の刃を持つヘラ状道具を揺らしながら全面をささくれ立たせます。一方向での目立てを終えると、さらにタテ・ヨコ・斜めなどいくつかの角度で繰り返してまんべんなく目立てします。この状態で版面にインクをつけて紙に転写するとまっ黒い面が印刷されます。
ロッカーはベルソー(berceau)とも呼ばれますが、これはフランス語で「ゆりかご」という意味もあります。ロッカー以外にルーレット(roulette)という歯車のコマのついた器具なども使われます。
目立ての「ささくれ」は「まくれ」といわれることもあります。ちなみに、金属や樹脂などを加工したときに発生する不要な突起を「バリ」といいますが、これは英語の「burr」(バー)が由来です。プラモデルやフィギュアの「バリ取り」ということばを聞いたことがあるかもしれません。
ささくれを削ったりつぶしたりして描画する
目立てをした状態では全面が真っ黒に印刷されます。ささくれを削ったりつぶしたりすると、その部分にはインクがとどまらないため、紙が白く残ります。つまりメゾチントは、インクをつけたくない部分のささくれをコントロールすることで描画する方法です。
ささくれのコントロールには、主にスクレーパー(scraper)とバニッシャー(burnisher)という道具が使われます。スクレーパーは、ささくれを削り取るときに使い、バニッシャーは、ささくれをつぶしてならすときに使います。どちらも使うための特別な技術は必要ありません。鉛筆など一般的な筆記用具と同じような感覚で描けます。
表現したいイメージをスクレーパーやバニッシャーで版面に直接描いていくことから、メゾチントは直刻法に分類されます。
メゾチントは微妙な階調表現が可能
・Early mezzotint by Wallerant Vaillant
メゾチント(mezzotint)はイタリア語の「mezzo(中間)」と「tinto(トーン)」に由来し、英語の「halftone(ハーフトーン)」にあたることばです。自在な階調表現が簡単におこなえることからこの名前になりました。
スクレーパーで目立てを完全に削り取れば、白と黒のコントラストがはっきりつきますが、ささくれを少し残すように削った部分には少量のインクが残ります。浅く削ればインクは濃くなり、深く削れば薄くなります。バニッシャーでささくれをならすときにもつぶし具合を調整できます。
特に、深い暗部を豊かに表現できることから、フランス語ではメゾチントをマニエール・ノワール(manière noire)、つまり「黒の技法」と呼びます。
17世紀中ごろにオランダで生まれ英国で発達
・初めてのメゾチント作品 by Ludwig von Siegen, 1642.
アマチュア版画家だったドイツ人士官 ルートヴィッヒ・フォン・ジーゲン(Ludwig von Siegen)が17世紀がオランダでメゾチント技法を考案しました。ジーゲンが1642年に初めて制作したメゾチント作品は「light to dark(明から暗)」方式で制作されています。これはのちに一般的になった目立てから始める「dark to light(暗から明)」方式の逆です。目立てをせずに暗くしたい部分を描画していくやり方でした。
メゾチントはすぐれた技法としてすぐに広まります。特にプリンス・ルーパートが持ち込んだ英国では肖像画や風景画の技法として発展しました。絵画作品の複製や書物の挿絵にも使われました。19世紀初頭に写真が発明されるまで、写実的な表現手法として盛んに利用されました。18世紀にはドイツ人版画家クリストフ・ル・ブロン(Jacob Christoph Le Blon)によって3色刷りと4色刷りによるカラーメゾチントも考案されています。このときの4色刷りは現代のCMYK方式に似たRYBK方式でした。
20世紀にメゾチントを復興させた長谷川潔と浜口陽三
リトグラフや写真製版の登場によって表舞台から一時姿を消したメゾチントですが、20世紀初頭にフランスに渡った長谷川潔が復活させました。これによって創作版画のひとつの技法として再認識されるようになります。
また、浜口陽三は1955年ごろからカラーメゾチントという技法を開発したことで世界に知られています。赤・黄・青・黒(RYBK)の4色を重ね塗りすることで独特の色彩表現を可能にしました。
【参考資料】
・Mezzotint – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Mezzotint)
・Mezzotint | printmaking | Britannica(https://www.britannica.com/technology/mezzotint)
・The Printed Image in the West: Mezzotint | Essay | The Metropolitan Museum of Art | Heilbrunn Timeline of Art History(https://www.metmuseum.org/toah/hd/mztn/hd_mztn.htm)
・武蔵野美術大学 造形ファイル、メゾチント – めぞちんと(http://zokeifile.musabi.ac.jp/メゾチント/)
・女子美術大学 版画研究室、銅版画、メゾチント(http://www.joshibi.net/hanga/curriculum/intaglio/mezzotint.html)
印刷(印刷機)の歴史
木版印刷 200年〜
文字や絵などを1枚の木の板に彫り込んで作った版で同じ図柄を何枚も複製する手法を「木版印刷」(もくはんいんさつ)といいます。もっとも古くから人類が利用してきた印刷方法です。
活版印刷 1040年〜
ハンコのように文字や記号を彫り込んだ部品を「活字」(かつじ)を組み合わせて版を作り、そこにインクをつけて印刷する手法を「活版印刷」(かっぱんいんさつ)といいます。活字の出っ張った部分にインクを付けて文字を紙に転写するので、活版印刷は凸版(とっぱん)印刷に分類されます。
プレス印刷 1440年〜
活字に油性インクを塗り、印刷機を使って紙や羊皮紙に文字を写すという形式の活版印刷が、ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutengerg)によって初めて実用化されました。印刷機は「プレス印刷機」と呼ばれ、現在の商業印刷や出版物に使われている印刷機と原理は変わりません。
エッチング 1515年〜
「エッチング」は銅などの金属板に傷をつけてイメージを描き、そこへインクを詰め込んで紙に転写する技法です。くぼんだ部分がイメージとして印刷されるので凹版(おうはん)印刷に分類されます。
メゾチント 1642年〜
銅版画の一種である「メゾチント」は階調表現にすぐれています。銅板の表面に傷をつけてインクを詰め込み、それを紙に転写します。くぼんだ部分のインクが印刷されるので凹版印刷に分類されます。
アクアチント 1772年〜
「アクアチント」は銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版印刷に分類されます。
リトグラフ 1796年〜
「リトグラフ」は水と油の反発を利用してイメージを印刷する方式です。凹凸を利用してインキを載せるのではなく、化学反応によってインキを付ける部分を決めます。版には石灰岩のブロックが使われたので「石版印刷」(せきばんいんさつ)ともいわれます。版面がフラットなので平版(へいはん)に分類されます。
クロモリトグラフ 1837年〜
「クロモリトグラフ」は、石版印刷「リトグラフ」を改良・発展させたカラー印刷技法です。カラーリトグラフと呼ばれることもあります。
輪転印刷 1843年〜
「輪転印刷機」(りんてんいんさつき)は、円筒形のドラムを回転させながら印刷する機械です。大きなドラムに版を湾曲させて取り付けます。ドラムを高速で回転させながら、版につけたインクを紙に転写することで、短時間に大量の印刷が可能です。
ヘクトグラフ 1860年〜
「ヘクトグラフ」は、平版印刷の一種で、ゼラチンを利用した方式です。ゼラチン版、ゼラチン複写機、ゼリーグラフと呼ばれることもあります。明治から昭和初期まで官公庁や教育機関、企業内で比較的部数の少ない内部文書の複製用に使われました。
オフセット印刷 1875年〜
「オフセット印刷」とは、現在の印刷方式の中で最もポピュラーに利用されている平版印刷の一種です。主に、書籍印刷、商業印刷、美術印刷など幅広いジャンルで使用されており、世界中で供給されている商業印刷機の多くを占めています。
インクジェット印刷 1950年〜
「インクジェット印刷」は、液体インクをとても細かい滴にして用紙などの対象物に吹きつける印刷方式です。「非接触」というのがひとつの特徴で、食用色素を使った可食インクをつめたフードプリンター等にも利用されています。
レーザー印刷 1969年〜
「レーザー印刷」は、コンビニエンスストアや職場で身近なレーザー複写機やレーザープリンターに採用されている印刷技術です。現在では、レーザーの代わりにLEDも多く使われています。1980年代中ごろに登場したDTP(デスクトップパブリッシング)で重要な役割をはたしました。
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