広告デザインでは、ぱっと見て注意を引きつけるビジュアルは重要な要素です。キャッチコピーも大切ですが、注目を集める第一条件は、文字よりも視覚的なインパクトといえるでしょう。その上でキャッチコピーを読んで「なるほど!」と腑に落ちる仕掛けが効果的です。
今回紹介するのは、フードスタイリストがフルーツや野菜などの素材で作った、クリエイティブな広告表現です。
フルーツや野菜には、自然に育まれた鮮やかな色彩やみずみずしさがあります。これらの質感や色彩を活かして、美しく魅力のある広告に仕上がっています。「えっ!これって食べ物なの?!」という驚きと楽しさを感じます。
アルゼンチン(ブエノス・アイレス)のフードスタイリストであり、クリエイティブディレクターのAnna Keville Joyce 氏による広告を見ていきましょう。
※記事掲載はデザイナーの許諾を得ています。(Thank you,Anna ! )
白い皿をキャンバスに野菜で描いた広告
「Ruta de Sabores」は、アンデス地方にある美味しい食事とワインの愛好家のためのパティオ風レストランです。パティオとは、スペインの建築に多い中庭のこと。高級料理を手頃な価格で楽しめることが、このレストランの特長のようです。
そのレストランが、ワインのキャンペーンのために打ち出した広告です。
中央の白い皿に描かれたアンデス山脈に向かう麦畑の道を描いた絵は、なんとすべて野菜で描かれています。
この写真を見て思い出したのは「キャラ弁」。日本では1990年後半から2000年初めにかけて、幼稚園や保育園の子供を持つ親たちが、アニメのキャラクターなどを海苔やウィンナーなどの食材で表現したお弁当が流行しました。日本の女性たちのお弁当作りも、「クリエイティブ」だと言えそうです。
制作の過程の写真を見ると、Macに参考となる風景写真を表示させて、構想を練っています。スケッチブックにざっくり描いたデッサンを、原寸の紙の上で緻密に設計していきます
広告の構想を手書きによる原寸大のボードに具体化して、各部分にどんな野菜を使うか決めて書き込んでいます。この過程は、フードコーディネーターのプロならではの仕事といえるのではないでしょうか。野菜の種類や質感、色彩などを熟知していなければ、イメージできないからです。
最終型を設計した後に必要な野菜を集め、刻んだ野菜を皿に盛り付けていきます。最初は皿に盛り付け、ある程度形になったところで、皿を載せる木の板の上で作業。デジタルカメラを三脚で固定して、真上からの撮影用にセッティングしています。
こうして完成させた広告用のポスターが最初に取り上げた写真です。
クリエイターの遊び心を感じるのは、彼女の飼い猫エミリオ用バージョンも作っていることです。構図はそのままで、食材にはキャットフードや魚などを使ったのでしょう。エミリオがどんな感想を持ったのか、聞いてみたいですね。
躍動感にあふれる地ビールの広告デザイン
メキシコはビール大国で、20種類以上の地ビールの銘柄があると言われます。
Anna Keville Joyce 氏は、メキシコビールのひとつ「VICKYCHELADA」の広告デザインを手がけました。
「食品アートとしてのメキシコ」と銘打たれたプロジェクトは、
スタイリング:Anna Keville Joyce
フォトグラファー:Agustin Nieto
スタジオ:Le Cube(ブエノス・アイレス)
広告代理店:JWT México
レタッチ:Stephen Thaya
のチームで制作されました。
写真撮影を担当したAgustin Nieto 氏は、食品撮影のプロです。広告、レストラン、パッケージ、エディトリアルなどの分野で食品専門の撮影をしています。
フードコーディネーターと食品撮影のプロによって作られたビジュアルはシズル感があり、缶ビールを中央にして、左右のライムとトマトがみずみずしく色あざやかです。平面上で上から撮影していますが、缶ビールの周囲に振りまかれた塩は水しぶきのように躍動的に見えます。
キャッチコピーは「メキシコの味にインスピレーションを受けて(Inspired in the flavors of México)」。
情熱と太陽の国と呼ばれるメキシコの躍動感が、振りまかれた塩、ライムの緑とトマトの赤で表現されています。また、この色の並びはメキシコの国旗のデザインともリンクします。
撮影スタジオは真っ白な広々とした内装で、快適な制作環境のようです。窓から自然光がよく入るスタジオは羨ましいですね。
メキシコでビールを飲むときに、ライムは欠かせません。日本では、コロナ・エキストラを飲むときには、ライムを添えることがあるかもしれません。メキシコではビールを注文すると、ほとんどの場合にライムの器が付いてくるようです。
トマトも、熟してきれいで美味しそうです。しかし、切って時間がかかれば鮮度は落ちてしまいます。事前にきちんとカンプデータを作って配列を決め、短時間で手際よく撮影したのではないでしょうか。まさにプロの技術です。
制作過程の写真には、Mac上にカンプが見えています。このカンプは「Ruta de Sabores」のときと同様に、原寸状態でデザインしたものと考えられます。実際にフォトグラファーのAgustin Nieto 氏が、メジャーでキャッチコピーの文字の位置を測っています。撮影するテーブルも広告の背景として使われますね。
飲食店の広告で料理が使われることが多くありますが、料理の撮影は難しいものです。常に完璧な食材はなく、時間が経てば料理は変化します。Photoshopで傷や汚れを消したり、湯気を加えたり、あらゆるレタッチが可能ですが、撮影時に光や構図がきちんとしていないと自然な仕上がりにはなりません。
最近では、SNSに自分で作った料理やお弁当をアップロードことが一般化しました。Photoshopレベルのフィルタを搭載した、無料のスマートフォンのアプリもあります。携帯電話のカメラは機能が飛躍的に向上し、3Kや4Kで撮影した動画は、劇場用映画に使われるほどです。広告デザインの素材に、スマートフォンで撮影した写真や動画が使われる時代がやってくることも、そう遠くないかもしれません。
しかし、簡単に写真が撮影できるようになったとはいえ、フードスタイリストのようなニッチなプロは逸材です。Anna Keville Joyce 氏は、ビジネスだけでなく、芸術の領域で食品を扱うアーティストとしても活躍しています。今後も目が離せません。
created by : Anna Keville Joyce
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