
クライアントワークをしていると、しばしば「デザイン」という言葉の定義の広さに驚かされることがあります。本来、僕たちが依頼されるのは、情報を整理し、視覚的に美しく、機能的に伝えるための「意匠」を作ること。しかし、長くお付き合いをしていると、信頼関係が深まるにつれて、その境界線が少しずつ滲んでくることがあります。
「このキャッチコピー、薬機法的に大丈夫かな?」 「この形状で、製造上の強度は持つだろうか?」 「この商標、他とかぶってないかな?」
こういった相談を受けること、皆さんにもあるのではないでしょうか。頼られるのは嬉しいことです。パートナーとして信頼されている証でもあります。しかし、ここに大きな落とし穴があります。
僕は個人的に、この「デザイナーの責任範囲」については、かなり厳密に線引きをしています。冷たいと思われるかもしれませんが、あえて言います。「僕は専門家ではないので、最終判断は必ず御社で行ってください」と。
今回は、なぜ僕がそこまで頑なに一線を引くのか。それが結果的に、自分自身だけでなく、大切なお客さんを守ることにも繋がるという話をしたいと思います。
「気づき」の提供と「保証」の違い
僕は過去、CADを使った仕事をしていた時期があり、パッケージの図面設計に関する知識が多少あります。そのため、例えばパッケージデザインの依頼を受けた際、デザインの見た目だけでなく、構造的な部分にも目が行きます。
「この箱のサイズで、このコートボール(厚紙)の厚みだと、中身を入れた時に底が抜けるリスクがあるかもしれない」 「この展開図だと、糊代の位置が製造ラインで引っかかるかもしれない」
そういった「違和感」に気づくことができます。もちろん、気づいたことは伝えます。「経験則ですが、ここの強度が心配かもしれません」と。これはデザイナーとしての付加価値であり、コミュニケーションの質を高めるための重要な要素です。
しかし、ここで絶対に履き違えてはいけないのが、それはあくまで「気づきの提供」であって、「安全の保証」ではないということです。
僕が持っているのは、過去の経験に基づく「勘」に近い知識であり、その瞬間の製造ラインの状況や、最新の紙の仕様、あるいは法改正までを網羅した「専門家の知識」ではありません。それなのに、僕が「まあ、大丈夫だと思いますよ」と口にした瞬間、その言葉はお客さんの頭の中で「プロが大丈夫だと言った」という「お墨付き」に変換されてしまいます。
これが本当に怖い。もし実際に製造トラブルが起きた時、「だってデザイナーさんが大丈夫って言ったじゃないですか」と言われたら、返す言葉がありません。責任を取れるかと言われれば、不可能です。数百万、数千万という損害賠償や、回収コストを、いち個人のデザイナーが負えるはずがないのです。
「デザイン費」に含まれるもの、含まれないもの

少し生々しい話をしますが、お金の話も重要です。僕がお客さんから頂いているのは「デザイン費」です。ここには、顧問弁護士としての「リーガルチェック費」も、製造コンサルタントとしての「品質管理費」も含まれていません。
世の中の「保証」には、必ずコストがかかります。例えば、弁護士が契約書を確認して「法的に問題ない」と太鼓判を押すのには、相応の報酬が発生します。それは、万が一の時に彼らが職責を賭して戦うための対価でもあります。建築士が構造計算をしてハンコを押すのも同様です。
僕たちデザイナーの見積もりに、そういった「リスク担保」のための費用は計上されているでしょうか? ほとんどの場合、されていないはずです。リスクヘッジのコストを頂いていないのに、リスクだけを背負う。これはビジネスとして破綻していますし、何より無責任です。
「親切心」でなんとなくOKを出してしまい、後でトラブルになった時、「お金はもらってないから責任は取れません」というのは、プロとして一番かっこ悪い言い訳になってしまいます。だからこそ、最初から「その領域は僕の担当外であり、その分の費用も頂いていません」と明確にする必要があるのです。
「冷たい」のではなく「共倒れ」を防ぐための防波堤
「専門家に見てもらうと、別途費用と時間がかかります。だからデザイナーさんの経験則で判断してくれませんか?」 こう言われることも少なくありません。予算が限られているプロジェクトや、納期が迫っている案件では、どうしても近道をしたくなる気持ちは痛いほどわかります。そこで「なんとかしますよ」と言ってあげるのが、人情味のあるデザイナーだと思う人もいるかもしれません。
でも、その「なんとなくの判断」が間違っていて、商品回収騒ぎになったり、薬機法違反で行政指導を受けたりしたらどうなるでしょうか。お客さんのビジネスは大きなダメージを受け、信用を失います。そして、その判断に関わったデザイナーもまた、信用を失い、場合によっては損害賠償請求という形で巻き込まれます。
まさに「共倒れ」です。
僕が「僕は専門家ではないので、必ず御社で確認してくださいね」と伝えるのは、自分を守るためだけではありません。お客さんをこの「共倒れのリスク」から遠ざけるためです。リスクの所在を曖昧にしたままプロジェクトを進めることこそが、最大のリスクです。「法務部分は弁護士へ」「製造の強度は印刷会社や製造工場へ」。それぞれの責任の所在をハッキリさせておくこと。これが、プロジェクトを安全にゴールまで運ぶための唯一の方法だと僕は思っています。
知識があるからこそ、怖さを知っている
「餅は餅屋」 使い古された言葉ですが、経験を積めば積むほど、この言葉の重みが身に染みます。
冒頭で触れたパッケージの話に戻りますが、僕は図面が引けるからこそ、紙の目の方向ひとつで箱の強度が変わることや、0.1mmの差で組み立てやすさが変わる「製造の怖さ」を知っています。薬機法に関してもそうです。少し勉強したことがあるからこそ、たった一言の表現の違いで違法になる「言葉の怖さ」を知っています。
中途半端に知識がある人ほど、「これくらいならわかる」と過信しがちです。しかし、本当のプロフェッショナルとは、「自分の知識の限界を知っている人」のことではないでしょうか。
「ここまでは分かります。でも、ここから先は専門家の領域です」 この境界線を正確に見極められることこそが、経験豊富なデザイナーの証だと僕は思います。
知識があることは、決して「全部自分でやる」ためではありません。 「どこにリスクが潜んでいるか」を早期に発見し、適切な専門家に繋ぐための「アンテナ」として使うべきものです。「これ、強度が心配なので印刷会社さんに一度サンプル作成を依頼した方がいいですよ」 「この表現、デリケートなので法務の方に確認してもらってください」 そうやって、適切なボール回しを提案すること。それこそが、デザイナーが果たすべき、本当の意味での「責任」なのだと思います。
クライアントへの伝え方:突き放さずに線を引く
とはいえ、毎回「専門外です」と突っぱねていては、やはり「融通の利かない人だな」と思われてしまうかもしれません。大切なのは、伝え方のニュアンスです。
僕の場合、まずは相手の要望や懸念を受け止めます。「確かに、ここの表現は気になりますよね」「スケジュールの都合上、早く進めたい気持ちはよく分かります」と。その上で、「だからこそ」という接続詞を使って、専門家への依頼を促します。
「このプロジェクトは御社にとって非常に重要ですから、万が一のことがないよう、ここは専門家のチェックを通しておきましょう。」
こう伝えれば、単に仕事を断っているのではなく、「プロジェクトの成功のために、安全策を講じようとしている」という姿勢が伝わります。お客さんも「デザイナーさんがここまで言うなら、ちゃんと確認しよう」と思ってくれることが多いです。
境界線があるから、デザインに没頭できる

責任範囲を明確にすることは、実はデザインのクオリティを上げることにも繋がります。「法的な責任」「製造上の責任」といった、コントロールできない重圧を背負いながらでは、思い切ったデザイン提案はできません。「もし強度が足りなかったら…」とビクビクしながら作ったデザインと、「強度はプロの工場がチェックしてくれるから、まずは一旦面白いラインを攻めて提案しよう」と思って作ったデザイン。どちらが良いものになるかは明白です。
「わからないことはプロに頼む。その分のお金と時間はかかる」 この当たり前の商流を通すことは、遠回りのようでいて、実は一番の近道であり、安全な道です。
僕たちデザイナーの仕事は、お客さんのビジネスを加速させること。そのためには、アクセルを踏むだけでなく、適切な場所でブレーキをかけたり、ハンドルを正しい方向に切ったりする役割も必要です。「責任の線引き」は、自分勝手な保身ではありません。長く、健全に、そしてお互いに気持ちよく仕事をし続けるための「命綱」です。
これからも僕は、口うるさいと言われるかもしれませんが、「確認してくださいね」と言い続けると思います。それが、パートナーとしてお客さんに対してできる、誠実さの形だと信じているからです。
個人的にめちゃくちゃ大事な事だと思っているのですが、”デザイナーの責任範囲”を僕は割と厳密に線引きしています。経験則から「これ薬機法的にまずいかも?」とか「製造リスク高いかも」と口出しはしますが、あくまで”気づき”の提供であって、最終判断と責任はお客さんに持ってもらう。そこを保証しろと言われたら、別途費用と時間を頂いて専門家をアサインします。僕が頂いているのは「デザイン費」であって「顧問弁護士費」でも「製造コンサル費」でもないですから。
X (Twitter) – Nov 23, 2025



