
僕の頭の中には全く性質の異なる二つの部屋があります。一つは「執筆の部屋」、もう一つは「デザインの部屋」です。
フリーランスとして活動していると、一日のうちに文章を書く時間もあれば、PhotoshopやIllustratorを立ち上げてビジュアルを作り上げる時間もあります。傍目にはどちらも「パソコンに向かって何かを作る作業」に見えるかもしれません。しかし僕自身の内面では、この二つの作業は北極と南極ほども離れた場所で行われている感覚があります。
執筆の部屋に入っているとき、僕の脳は言語優先のモードに切り替わっています。論理を組み立て、適切な語彙を選び出し、読者の思考の導線を整える。一つひとつ丁寧にレンガを積み上げていくような、非常に緻密で左脳的な作業です。
一方でデザインの部屋に入ると、風景は一変します。そこでは色彩や形状、余白のバランスといった非言語的な情報が主役になります。理屈よりも直感や視覚的な心地よさが優先され、空間全体を俯瞰しながら「あるべき場所」に要素を配置していく。彫刻を削り出していくような、右脳的な感覚に近いものです。
二つの部屋は、物理的な距離こそありませんが、精神的な距離はとてつもなく遠いのです。
「思考の移動」という重労働
最近、この二つの部屋を頻繁に行き来することが、いかに自分自身のエネルギーを削り取っているかに気づきました。
かつての僕はメールの返信の合間にロゴを考え、その合間にブログの原稿を書くといった、いわゆるマルチタスク的な動きをしていました。しかし、それを続けるうちに自分の中に言いようのない疲労感が溜まっていくのを感じました。
その疲労の正体は、作業そのものではなく「部屋の移動」に伴うコストでした。
執筆モードからデザインモードへ…あるいはその逆へと思考を切り替えるとき、脳は一度動かしていた巨大な歯車を止め、別の重い歯車を回し始めなければなりません。これを専門用語では「タスクスイッチング・コスト」と呼ぶそうですが、僕の実感としては「脳のOSの再起動」に近い感覚です。
一度執筆のフロー状態に入り、言葉が次から次へと溢れてくるような感覚を掴んでいるときに、ふとデザインの修正依頼が舞い込む。そこで無理やりデザインの部屋へ移動しようとすると、先ほどまで使っていた「語彙の引き出し」を無理やり閉め、「形と色の引き出し」をこじ開ける必要があります。
この瞬間、せっかく研ぎ澄まされていた集中力(フロー)は無残に途切れてしまいます。一度切れたフローを元に戻すには、少なくとも15分から20分はかかると言われています。一日に何度もこの行き来を繰り返せば、そのたびに貴重な時間が「再起動」のために失われていくことになるのです。
無理な往復が招く「処理速度のバグ」

やむを得ず、一日のうちに何度も部屋を往復せざるを得ない日もあります。急ぎの案件が重なったり、突発的なトラブル対応が必要になったりする場合です。
そのような状態で無理に作業を続けると、自分でも驚くほど「処理速度」が落ちるのがわかります。
例えば、デザインの部屋から戻った直後に文章を書こうとすると、適切な言葉がなかなか出てきません。普段ならスムーズに繋がるはずの一文がどうしても不自然になり、何度も書き直す羽目になります。思考が霧の中に包まれたようで、キーボードを叩く指が重く感じられます。
逆に執筆に没頭した直後にデザインに取り組むと、今度は視覚的な判断力が鈍ります。色の微細な違いに無頓着になったり、レイアウトの違和感を見過ごしたりしやすくなります。論理的な思考が強く残りすぎているせいで、感覚的な「遊び」や「余白」を許容できなくなってしまうのです。
これは、脳がまだ前の部屋の空気を引きずっているために起きる「残像」のような現象かもしれません。中途半端に混ざり合った状態では、どちらの部屋でも最高のパフォーマンスを発揮することは不可能です。
無理な移動は結果として成果物のクオリティを下げ、自分自身のメンタルをすり減らす原因になってしまいます。
「前半・後半」という解決策

この「移動の面倒くささ」から自分を守るために、僕は現在、一日の時間を大きく二つに分けるスタイルを採っています。
基本的には、午前中を「執筆(または論理的な作業)の時間」、午後を「デザインの時間」といったように…前半と後半で明確に分けるようにしています。
朝の清々しい空気の中では、脳がまだ何の色にも染まっていません。この時間帯に執筆の部屋に入り、一気に言葉を書き出します。外部からの連絡も少ない時間は、深い集中を必要とする言語的作業に最適です。
そして昼食を挟んで一度リセットし、午後からはデザインの部屋へ移ります。午後は視覚的な刺激を受けながら作業する方が、僕にとってはリズムが作りやすいと感じています。
このように時間を「塊(ブロック)」で捉えることで、部屋の往復回数を最小限に抑えています。一度その部屋に入ったら、数時間はそこから出ない。ドアを閉めきり、その部屋の空気にどっぷりと浸かる。
このルールを自分に課すようになってから、作業効率は改善しました。何よりも無理な切り替えによる「脳の重だるさ」から解放されたことが一番の収穫です。
効率を捨てて、集中を優先する
現代社会では「効率的であること」や「素早いレスポンス」が美徳とされがちです。しかし、クリエイティブな仕事の本質は、どれだけ深い場所にまで潜り込めるかにかかっています。
一日に何度も部屋を行き来して表面的な作業をいくつもこなすことは、一見すると「仕事をしている」ように見えるかもしれません。しかし、深い洞察に基づいた文章や、人の心を動かすデザインのためには、必ずしもメリットとは言えないのではないでしょうか。
僕たちは、自分の脳が本来持っているリズムを尊重する必要があります。
一日のタスクをバラバラにするのではなく、なるべく同質の作業をまとめて行う。不器用に見えるかもしれませんが、それが結果として最短距離でゴールに辿り着くための知恵なのだと思います。
記事を書く時とデザインを作る時、それぞれ脳内の離れた別の部屋にいる感じがします。執筆部屋とデザイン部屋を1日に何度も行き来するのは「面倒くさいな…」と感じてしまうので、なるべくまとめて行うようにしています。
X (Twitter) – May 14, 2020



