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交渉

仕事を続けていく中で、避けては通れない壁があります。それが「値上げ」の交渉です。特に独立したての頃や、もともと真面目な性格の人ほど、この問題に直面すると足がすくんでしまいます。

「今の価格で喜んでくれているのに、上げたら離れていってしまうのではないか」 「せっかく築いてきた良好な人間関係が、お金の話をした途端に壊れてしまうのが怖い」

そんな不安が頭をよぎり、結局は自分の首を絞めるような価格で作業を続けてしまう。そんな経験は誰にでもあるはずです。僕もデザイナーとして活動する中で、何度もこの葛藤を繰り返してきました。

でも、「値上げを伝えただけで壊れてしまう関係」とは、そもそもどのようなものだったのでしょうか。それは本当に僕たちが守るべき「人間関係」だったのか。今日は、僕が考える仕事における対価と関係性について、少し深くお話ししたいと思います。

 

「いい人」という呪縛が視界を曇らせる

フリーランスとして独立すると、最初は仕事をもらえるだけでありがたいと感じます。実績もない自分に声をかけてくれたクライアント。その縁を大切にしたい。期待に応えたい。その純粋な気持ちは、プロとして非常に大切なものです。

しかし、その「誠実さ」がいつの間にか「安請け合い」という形に姿を変えてしまうことがあります。相手がフレンドリーで、打ち合わせも楽しく、人間的に魅力的な人であればあるほど、お金の話を出すのが野暮に感じられてしまう。「この人とはいい関係を築けているから、今のままでいい」と自分を納得させてしまうのです。

ですが、僕たちが提供しているのはプロとしての技術や時間、そして解決策です。それに対して支払われる報酬が適切でない状態が続けば、いずれどこかで歪みが生まれます。

自分が疲弊し、モチベーションが下がり、結果として提供するクオリティが落ちてしまう。これは相手にとっても決してプラスにはなりません。「いい人」であろうとするあまり、ビジネスにおいて最も重要な「継続性」を損なっているのだとしたら、それは本当の意味での誠実さとは言えないのではないでしょうか。

 

人間関係の仮面を剥がした先に

ビジネスパーソン

「値上げをすると、これまで築いてきた人間関係が壊れてしまう」 多くの人が抱くこの懸念ですが、少し厳しい言い方をすれば、その不安自体が答えを物語っています。

もし、価格改定の話をしただけで相手が態度を急変させたり、一方的に関係を断ち切ったりするのであれば、それは最初から「人間関係」ではなかったということです。厳しい現実ですが、それは単なる「お金の関係」に過ぎません。「安い価格で便利に動いてくれる人」という条件付きの好意だった可能性が高いのです。

本当の意味で良好な人間関係、あるいはプロとしての信頼関係が構築できていれば、価格の相談は「ビジネスを継続させるための前向きな議論」として受け止められます。「提供してくれる価値を理解しているから、適正な価格に変更するのは当然だ」 そう言ってもらえる関係こそが、僕たちが目指したいゴールです。

お金の話をした途端に離れていく人は、遅かれ早かれ別の「もっと安い人」が現れた時に去っていく運命にあります。そこに固執して自分の価値を削り続けるのは、もったいないことだと思いませんか。

 

ビジネスは「お金の関係」であるという前提

「ビジネスはビジネス、割り切るべきだ」という言葉を冷たく感じる人もいるかもしれません。ですが、僕はむしろ「ビジネスは基本的にお金の関係である」と定義することこそが、相手への最大の敬意だと考えています。

どんなにフレンドリーに接していても、どんなに個人的な話を共有していても、根底にあるのはプロとしての取引です。この前提を忘れてしまうと公私の境界線が曖昧になり、甘えが生じます。「友達なんだから、今回くらいは安くしてよ」「いつも助けてもらっているから、これくらいは無料でやろう」 こうした思考は一見すると温かい交流に見えますが、プロ同士の仕事としては不健全です。

お金の関係であると認めることは、相手の時間を尊重し、自分の技術を安売りしないという宣言でもあります。対等な立場でお互いの価値を認め合い、それに見合った対価を支払う。このクリアな循環があるからこそ、その上に純粋な「信頼」や「友情」が積み重なっていくのです。

土台がグラグラなお金の関係の上に、無理やり人間関係の花を咲かせようとしても、いつか枯れてしまいます。まずは土台となるビジネスの部分を適正価格という形でしっかりと固めること。それができて初めて、仕事の枠を超えた深い繋がりを維持できる余裕が生まれるはずです。

 

価格に関するイニシアチブは誰が握っているのか

交渉

値上げを伝えるのが怖いと感じる人の多くは、無意識のうちに「選ばれる立場」に自分を置いてしまっています。「クライアント様にお願いして、仕事をもらっている」 このマインドセットでは、価格の主導権(イニシアチブ)を相手に渡している状態です。

しかし、本来サービスを提供しているのは僕たちであり、その価値の重みを知っているのも僕たち自身です。価格を決定し、提示する責任は、サービス提供側にあります。価格設定は単なる数字の羅列ではなく、自分たちが提供するサービスの質を保証するための「覚悟」の現れでもあるはずです。

交渉という言葉を聞くと、相手を説得したり、無理やり承諾させたりするイメージを持つかもしれません。ですが、ビジネスにおける交渉は、お互いの持続可能な着地点を探す作業に過ぎません。「今のクオリティを維持し、さらに向上させるためには、この価格が必要である」という事実を淡々と伝えるだけでいいと思っています。

適正価格はサービスの質を守るための盾

なぜ、値上げが必要なのでしょうか。単に利益を増やしたいから…という理由だけではないと思います。最大の理由は、サービスの質を維持し、クライアントに安定した価値を提供し続けるためです。

低い単価で大量の仕事をこなしていると、どうしても一つ一つの案件にかける熱量や時間が分散してしまいます。常に納期に追われている余裕がない状態では、新しい技術を学ぶ時間も、創造的なアイデアを練る隙間も失われていきます。それは長期的にはクライアントにとっての損失となります。

価格を上げるということは、その分だけ一つの案件に対して深く向き合う時間を確保するということです。より質の高いアウトプットを提供し、相手のビジネスに大きく貢献する。そのためには、心身ともに余裕のある状態で仕事に臨まなければなりません。

 

勇気を持って一歩を踏み出すために

もし今、値上げを伝えられずに悩んでいるのなら、まずは小さな一歩から始めてみてください。すべてのクライアントに一斉に伝える必要はありません。最近新しく関わり始めた人や、特に関係性が深まり、こちらの価値を理解してくれている人から話を切り出してみるのも一つの方法です。

伝える際の表現も、あまり難しく考える必要はありません。「事業の継続とサービスの質向上のため、価格体系を見直すことになりました」「より一層、御社の力になりたいと考えておりますので、ご理解いただければ幸いです」 このように、誠実に、そして簡潔に伝えることが大切だと考えています。

交渉の結果、もし縁が切れてしまったとしても、あなたの価値が否定されたわけではありません。ただ、今のあなたのステージと、相手が求めているコスト感が合わなくなった。それだけのことです。

今のあなたが出している価値を最初から適正な価格で評価してくれる、新しいクライアントとの出会いを探す方が、大切なことではないでしょうか。「お金の関係」であることを認め、それを乗り越えた先に、本当の「人間関係」が見えてくる気がしています。

 

「値上げすると築いてきた人間関係が…」 それは「人間関係」じゃなくて、「お金の関係」ですよね。値上げ交渉をできない時点で、良好な人間関係を構築できていないと思います。

X (Twitter) – Sep 15, 2019

この記事は過去の自分のX(Twitter)のポストを元に、編集しています。

フリーランス・デザイナーのブログ

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トミナガハルキ

グラフィックデザイナー/AMIX 代表。独学でデザインを学び、パッケージメーカー→美容系ベンチャー→家庭用品メーカーでのデザイン・広報運営を経て独立。現在は小さな事務所を拠点にASOBOAD等のサービスを運営し、ロゴ・パッケージ・広告物を中心に制作しています。著書『#ズボラPhotoshop 知識いらずの絶品3分デザイン』は各カテゴリでベストセラーを獲得。2020年Adobe Creative Residency選出。ブログでは、10年以上の実務から学んだことや働き方のヒントを等身大の視点で発信しています。