
作業を一度始めてしまうとなかなか区切りをつけられない。そんな性質が自分にはあります。それは単に「集中力が高い」といった格好の良いものではなく、もっと泥臭くて制御の効かない衝動に近いものです。
例えば、本来進めるべき業務があるにもかかわらず、ふとした拍子に目に入った新しい技術のTipsが気になって仕方なくなります。一度「面白そうだ」と感じてしまえば最後。それを自分の手元で試して、動きを確認し、納得がいくまでいじり倒さないと気が済みません。
あるいは、運営しているサイトの改善案が頭に浮かんだ瞬間、深夜であっても管理画面を開いてしまいます。ボタンの配置を数ピクセルずらしたり、配色を検討し直したり。実効せずにはいられないその熱量は、時として周囲の人間を困惑させます。
「今はそれじゃないだろう」「もっと優先すべきことがあるはずだ」
そんな言葉を何度投げかけられたか分かりません。自分でも頭の片隅では理解しているのですが、一度動き出した思考の歯車を止めるのは至難の業です。この「やめられなさ」は、社会生活や組織の中では、しばしば協調性を欠く「短所」として扱われてきました。
寄って見れば短所、引いて見れば長所
この厄介な性質について、最近になってようやく一つの答えが見えてきました。それは物事を見る「距離」を変えてみるということです。
目の前の数時間や数日という短いスパンで自分を観察すると、僕は間違いなく「効率の悪い、こだわりの強すぎる人間」です。周囲のペースを乱し、優先順位を履き違える困った存在かもしれません。これがいわば「寄って見た」時の自分の姿です。
しかし、視点を数年という長い単位まで引き上げてみると景色は一変します。
業務外の調べ物。突発的なサイトのリニューアル。新しいツールの試作。一つひとつは、その瞬間には「無駄な寄り道」に見えたはずです。しかし、その寄り道を年単位で積み重ねていくと、いつの間にか「簡単に追いつけない圧倒的な試行回数」へと変貌していました。
気がつけば、ブログの更新頻度は数千記事に及び、SNSのフォロワー数は僕という人間を信頼してくれる人たちの数として積み上がっていました。「どうやってそんなに継続しているの?」「どうしてそんなに新しい技術に詳しいの?」 最近では、そうやって興味を持ってくれる人が増えてきました。かつて僕を困らせていた「やめられない」という短所が、時間というフィルターを通すことで、いつの間にか「継続力」という名の長所に書き換わっていたのです。
環境と時間軸を、自分の方へ引き寄せる

自分自身の性質を変えるのはとても難しいことです。「もっと要領よく生きよう」「優先順位を正しく守ろう」と自分を律しようとした時期もありましたが、結局のところ、根底にある好奇心やこだわりを殺すことはできませんでした。自分を矯正しようとする努力は、クリエイターとしての生命線を細らせるだけだったように思います。
だからこそ僕は考え方を変えました。自分を変えるのではなく、自分が活きる「環境」と「時間軸」を選ぶのです。
もし、分単位の管理が求められる場所で働いていたら、僕の性質は今でも単なる欠点として僕自身を苦しめていたでしょう。しかし、数年先の成果を見据えることができる場所であれば、この「執筆や制作を止められない」というエネルギーは武器になります。
大切なのは、自分の「こだわり」を短期的な評価で裁かないことです。今、目の前の作業に没頭して周りから理解されないとしても、そのエネルギーが「未来の自分」の資産になるのであれば、無理にやめる必要はないのではないか。そう考えるようになってから、僕は自分自身の「やめられなさ」を肯定できるようになりました。
継続が年単位になったとき、世界が変わる
何かを長く続けていると、ある日突然周囲の反応が変わる瞬間が訪れます。最初は「また変なことにこだわっている」と冷ややかな目で見られていた活動も、3年、5年と続いていくうちに、「その人にしかできない専門性」として認められることがあります。
僕が日々、新しいツールの制作に没頭したり、夜中にPhotoshopをいじったり、サイトのコードを書き直したりしているのも、短期的な効率を求めているわけではありません。ただその瞬間の「試したい」という衝動に忠実でありたいだけです。
その積み重ねが、結果としてブログの厚みになり、デザインの幅や深さになり、発信する言葉の説得力に繋がっています。もし、あなたにも「どうしてもやめられないこと」や「周りから非効率だと言われるこだわり」があるのなら、それを無理に捨てる必要はないかもしれません。ただ、それを活かせる長い時間軸を自分の中に持ってください。
一歩引いて数年後の自分から今の自分を眺めてみる。その時、今の苦しいこだわりが輝かしい長所に見えるのであれば、そのまま突き進んで良いのだと僕は思います。
自分の「衝動」を信じる勇気

デザイナーとして、あるいは一人の発信者として僕が信じているのは、論理的な正しさよりも自分の中に湧き上がる「やってみたい」という初期衝動です。
世の中にはスマートで効率的な成功法則が溢れています。でも、僕のような不器用な人間がたどり着ける場所は、そうした王道の上にはありませんでした。脇道に逸れ、誰も見向きもしない細部にこだわり、時間を忘れて没頭する。そんな日々の繰り返しが今の僕を形作っています。
「今それじゃない」という周囲の言葉は、裏を返せばそれだけ強烈な個性がそこにあるという証拠でもあります。環境を整え、時間軸を長く取り、自分の性質を最大限に発揮できる場所を探し続けること。
今日も僕は、誰に頼まれたわけでもない新しいTipsを試したり、サイトの改善案を形にするために手を動かしたりしています。この「やめられない」日々が、いつかまた誰かの「どうやったの?」という驚きに変わることになるかもしれません。
僕は一度はじめた作業を簡単にやめられなかったりする。「今それじゃないだろ」と周りを何度イラつかせたことか。でも、継続が年単位になると話が変わって来ます。「どうやったの?」と興味を持ってくれる人が出て来る。寄って見たら短所で、引いて見たら長所というのはあり得ると思う。
X (Twitter) – Jul 9, 2024



