サンセリフ体ブームをゆるく俯瞰してみる
そもそもサンセリフ体っていつから?
僕はフリーランスのデザイナーとして、日々ロゴやタイトル文字、Webデザインでのテキスト処理など、あらゆる場面でフォントを扱っています。その中で、最近あらためて気になったのが、サンセリフ体(≒ゴシック体)という存在です。
「あれ、そもそもサンセリフ体っていつ頃から使われていたんだろう?」
と疑問に思って調べてみると、一般的にサンセリフ体が使われ始めたのは19世紀あたりだという情報に行き着きました。19世紀ってことは…1800年代ですよね。
1800年代から考えると、なんとなく「昔からあるなあ」という印象かもしれません。でも歴史を振り返れば、文字文化ははるか昔のローマ時代から脈々と続いてきたんです。その長い長い歴史の中で、セリフ(文字の端の飾り)を持つ文字が圧倒的な権勢を誇っていたことを考えると、サンセリフ体が表舞台に出てくるまで、どれだけ時間がかかったことかと、ちょっと感慨深くなります。
ローマ時代からずっとセリフ体が天下だった
ローマの時代といえば、今みたいに多様なフォントが存在するわけではなく、石碑や彫刻として残された文字が文字文化の基盤でした。その頃から長い長い間、世界中で文字といえば、セリフのある書体がスタンダードだったわけです。
セリフ体は、まさに「王道」でした。その端正な装飾的要素が、文字に品格や歴史的重みを与えていたんだろうと僕は想像します。欧文フォントならTimes New RomanやGaramond、日本語でいえば明朝体がその流れをくんでいるといっても差し支えないはずです。
そんな風に、世界的な文字のルーツがずっとセリフ体にあったのですから、「サンセリフ体が19世紀にやっと出てきた」と考えると、文字史上では新参者もいいところです。
「サンセリフ体ブーム」…?
さて、現代のデザイン界を見渡してみると、シンプルでスッキリしたサンセリフ体が人気です。Webサイトでも、スタイリッシュな広告でも、ロゴタイプでも、サンセリフ体が幅を利かせている場面は珍しくありません。僕もよく使いますし、クライアントから「ゴシック寄りでシンプルな感じで」とリクエストを受けることもよくあります。
でも、世界の文字文化全体のタイムラインで考えると、19世紀以降に出てきたサンセリフ体が、インターネット時代に急速に花開いているのは、実に面白い現象です。「今さら」といえば、今さら。何千年もの伝統の中からすれば、サンセリフ体ブームなんて、まだ赤ちゃんみたいなものですよね。
シンプルイズベストの背景
なぜ現代はサンセリフ体が受け入れられているのでしょうか。僕なりに考えてみると、現代社会はスピード重視で、情報が洪水のように溢れています。その中で、複雑な装飾よりも、サッと視認できるシンプルな書体が求められているのかもしれません。
Web画面での可読性も一因でしょう。デバイスが多様化し、スマートフォンで画面をスクロールしながら記事を読むとき、小さな画面でもハッキリ見えるサンセリフ体が使われがちです。情報を瞬時に読み取るために、余計な装飾を削ぎ落としたデザインがフィットする。この便利さや気軽さが、サンセリフ体ブームを支えている気がします。
サンセリフ体はまだ若い流派
ローマ時代から延々とセリフ体が覇権を握っていたと考えると、サンセリフ体なんて、まだまだ「若い流派」なんだなと思わずにはいられません。
なんとなく、フォントの歴史って、もっと均一に広がっているイメージがあったんですが、実際は極めて偏っているんですよね。長いことセリフ体が主役だった世界に、19世紀頃、ようやくサンセリフ体が「こんにちは」と顔を出した。長い歴史を数珠つなぎにして俯瞰すると、僕らが今享受しているサンセリフ体文化は、まだまだ歴史の序盤なのかもしれません。
「ブーム」という言葉が可愛らしくなる
「今はサンセリフ体が流行中」と聞くと、デザイナーとしては敏感に反応します。流行は追いかけるべきか、距離を置くべきか、いろんな考え方がありますよね。でも、歴史全体から一歩引いてみると、この「ブーム」という表現が、なんだか微笑ましく思えます。
だって、人類が文字を彫り始めてから何千年も経っているわけで、そのうちのたかだか100年や200年で生まれたサンセリフ体が「ブーム」になるなんて、ほんの一瞬の出来事。文字の歴史からすれば、今のサンセリフ人気は「ちょっとトレンドになったな」くらいのスナップショットなんです。
僕らは文字史の途中にいる
こう考えると、自分が今手がけているデザインが、人類の文字史の中の一場面に過ぎないことを実感します。僕らが普段当たり前に目にしているWeb用フォントやアプリ内のUIフォント、広告バナーの見出し文字も、歴史的には大海原の一粒の砂のような存在です。
とはいえ、その砂粒の中にだって、人間の思考や感性が詰まっているのが面白いところです。フォントは単なる道具でありながら、その背景には文化や歴史が流れています。サンセリフ体は、その歴史の一ページに急に現れた新参者。それが今、僕らのデザインワークや視覚体験をガラッと変えていると考えると、ちょっとロマンを感じませんか?
結局は使い方次第
サンセリフ体ブームだろうとセリフ体の復権だろうと、結局、デザイナーとして重要なのは「どんな状況で、どんな雰囲気を作りたいか」という目的に合ったフォントを選ぶことです。
歴史を知っても、あまり直接的には役に立たないかもしれません。でも、デザインをするとき、頭の片隅に「サンセリフ体はまだ若手で、セリフ体は大御所」という認識を持っていると、フォント選びがちょっと面白くなる気がします。
たとえばクラシックな雰囲気を求めるなら大御所のセリフ体。モダンで洗練されたイメージなら若手のサンセリフ体。そんな風に歴史的背景をヒントにしながらフォントを組み合わせると、クライアントにも面白いストーリーを語れるかもしれません。
まとめ – 可愛いブームとして楽しむ
ローマ時代から続くセリフ体の覇権を考えれば、19世紀に登場したサンセリフ体なんて、まだまだ新参者で、今のブームも一過性の「流行り」に過ぎないように思えてきます。
でも、その「今」まさに僕らはこのサンセリフブームの真っ只中にいて、日々のデザインに活かしているわけです。歴史を知って俯瞰すると、ちっぽけな流行も愛おしく感じます。
フォントの世界は奥深くて、ただ文字を組むだけなのに、背景を考えると時間旅行した気分になるものです。次にサンセリフ体を使うとき、「ああ、これ、数千年の文字史の中ではまだピチピチの新顔なんだよな」と思い出してみると、デザインする手元がちょっと軽やかになるかもしれません。
サンセリフ体が出てくるのは19世紀くらいです。ローマ時代から世界のフォントの覇権は、ずーーーーっとセリフ体だったことを考えると、昨今のサンセリフ体ブームなんて可愛いものなのではと思えてしまいます。
X (Twitter) – Jan 29, 2020