
アクアチントとは?
アクアチントは銅版画のひとつの技法で、水彩画のように「面」で濃淡を表現できることが大きな特徴です。表面を酸で腐食させてできた凹みにインクを詰めて、それが紙に転写されるので、凹版(おうはん)印刷に分類されます。

・1835 aquatint showing the first production of I puritani.
また、腐蝕させることで彫刻するので蝕刻法のひとつです。『裸のマハ※』(※当作品は油彩))を描いたフランシスコ・デ・ゴヤが、エッチングとアクアチントの組み合わせによるすぐれた版画作品を残しています。
樹脂の粉末を使って作る調子の面
銅板の表面に防蝕効果のある樹脂の粉末をまきます。主に使われているのは松脂(まつやに)です。これを目の細かい布に包んでムラなくふりかけます。インクをつけたくない部分、つまり腐食させない部分には、散布の前にあらかじめ防蝕剤(黒ニス)を塗っておきます。
版面の裏から熱を加えて、松脂の粒子を溶かして版面に定着させます。そのあと腐蝕液(第二塩化鉄や硝酸などの水溶液)に浸けると、松脂が付いてない部分が腐蝕して粒子状の凹みができます。
松脂と防蝕剤をアルコールなどで拭き取って、凹みにインクを詰めます。紙を重ねて圧を加えると、均一な砂目状の調子のついた面として印刷されるという仕組みです。防蝕剤を塗った部分が白く、塗らなかった部分が調子の面となります。
濃淡は腐蝕時間でコントロール

腐蝕液に浸ける時間が短いと腐蝕が浅いため、印刷濃度は薄くなり、腐蝕時間が長いと濃くなります。この原理を利用して濃淡の段階をコントロールできます。
腐蝕液から出した版の一部に防蝕剤(止めニスとも呼ばれます)を塗って、再び腐蝕液に浸けると、濃度の異なる面ができます。その一部に防蝕剤を塗って、さらに腐蝕液に浸けると、もっと濃い部分ができます。これを繰り返して特定の部分の腐蝕時間をコントロールすることによって、何段階かに濃淡を分けて表現することが可能です。
アクアチントの多彩な表現テクニック
意図したような濃淡になっているかを、試し刷りと勘に頼らなければならないという難しさはあります。一方で、工程ごとに異なるテクニックを使うことで、さまざまな作風やテクスチャが可能になります。
松脂の粉末を散布するときに、包む布を目の粗めのものにするなどしてわざと粒子感を出すこともあります。反対に、粒子感を減らすためのテクニックが「二度まき」「三度まき」です。これは、松脂をまいて腐蝕液に浸けたあと、アルコールで松脂だけをふきとります。再び松脂の粉末を散布して腐蝕液に浸けると1回だけのときよりも粒子が微細になり滑らかな面ができます。
部分的に調子をなくしたり薄くしたいときには、メゾチントなどでも使われるスクレーパーやバニッシャーで版面の腐蝕部分を削ったり、ならしたりすることもあります。サンドペーパーが使われることもあります。
エッチングとの組み合わせ

・Philibert-Louis Debucourt, The Public Promenade, 1792.
アクアチントだけで作られた作品もありますが、エッチングとアクアチントを組み合わせることが多くおこなわれています。明瞭なラインが特徴のエッチングの図柄に、アクアチントで面的な陰影をつけることができます。砂目スクリーントーンで調子をつけたペン画に似ているかもしれません。
アクアチントは18世紀末にフランスで確立した技法
アクアチントの技法は17世紀中ごろにオランダで考案されました。オランダでは同時期にメゾチントが考案されて急速に普及しましたが、アクアチントは広まることはありませんでした。18世紀末にフランス人画家ジャン・バティスト・ル・プランスが松脂の粉末を用いる技法を完成させたといわれています。
陰影も線によってだけ表現するしかないエングレービングやエッチングにとって、面で濃淡を表現できるアクアチントは革新的な技術と受け入れられました。水彩画が発展した英国では風景画を複製する手法としてアクアチントが活用されました。
アクアチント(aquatint)は「aqua(水)」と「tint(色)」というラテン語の合成語です。

・水彩画家ポール・サンドビー(Paul Sandby)by Francis Cotes (1761)
この名前を考え出したのは「イギリス水彩画の父」と呼ばれる水彩画家ポール・サンドビー(Paul Sandby)です。アクアチントで水彩画のような濃淡が表現できることから付けられました。
エッチングとアクアチントによる表現を高めたゴヤ
エッチングとアクアチントによる表現技法を高みに押し上げ、すぐれた作品を残した作家としては、フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco José de Goya y Lucientes)が有名です。ゴヤは1799年から1823年までに制作した『気まぐれ(Los Caprichos)』『戦争の惨禍(Los Desastres de la Guerra)』『闘牛技(La Tauromaquia)』『妄(Los disparates)』という4つの版画集を残しています。

・Goya, No. 32 of Los Caprichos (1799, Por que fue sensible)
『気まぐれ』は『ロス・カプリチョス』という名前で紹介されることもあります。人間心理を動物や怪物を交えながら皮肉に表現した作品は、版画の制作技術だけでなく、とても興味深いものです。
19世紀末にフランスでリバイバル

・Edgar Degas, Dancers in the Wings (Danseuses dans la coulisse), c. 1877
リトグラフの発明の影響などによってアクアチントはその後しばらく忘れられていましたが、19世紀が終わりに近づくころにフランスでふたたび多くの作品が制作されるようになります。エドガー・ドガ(Edgar Degas)、カミーユ・ピサロ(Jacob Camille Pissarro)といった画家がアクアチントを使った版画を発表します。

・Mary Cassatt, Woman Bathing, drypoint and aquatint, from three plates, 1890-91
ドガとも交流のあった画家メアリー・カサット(Mary Cassatt)は、1890年に開催された日本版画展で見た浮世絵に感銘を受け、多色刷りの銅版画を制作しています。
シュガーアクアチント(sugar aquatint)銅板にアクアチントを施す前に、砂糖などを溶かした液で版面に模様や図柄を直接描き、その上から版面全体に防蝕剤を塗ります。それを水で洗うと砂糖溶液で描いた部分の防蝕剤がはがれ、腐蝕液につけるとその部分に調子を出すことができます。リフトグランド(lift gound)やシュガーリフトアクアチント(sugar-lift aquatint)とも呼ばれます。パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)が好んでこの手法を用いました。
【参考資料】
・Aquatint – Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Aquatint)
・aquatint | Definition, Process, & Facts | Britannica(https://www.britannica.com/technology/aquatint)
・The Printed Image in the West: Aquatint | Essay | The Metropolitan Museum of Art | Heilbrunn Timeline of Art History
(https://www.metmuseum.org/toah/hd/aqtn/hd_aqtn.htm)
・武蔵野美術大学 造形ファイル、アクアチント – あくあちんと(http://zokeifile.musabi.ac.jp/アクアチント/)
・版画HANGA百科事典 アクアチント 基本のアクアチント(https://n-hanga.com/douhan/hanga/aqua1.html)
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