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バランス

優れた技術を持っているのに、ある日突然ペン(マウス?)を置いてしまう人がいます。一方で、最初はたどたどしいアウトプットしか生み出せなかった人が、数年後には誰もが惹きつけられる素晴らしい作品を作るようになることもあります。

デザインの世界に長く身を置いていると、こうした場面に何度も立ち会います。デザインにおける「上手さ」と「好き」という感情。この二つは似ているようでいて、実は全く異なる性質を持っています。

今回は、僕が過去に出会ったとある天才的なデザイナーの選択と、日々のデザインに向き合う中で気づいた「試行錯誤を楽しむ力」についてお話ししたいと思います。

 

技術もセンスも圧倒的だった彼の選択

昔、僕の周りに圧倒的なグラフィックデザインのスキルを持った知人がいました。彼の作るレイアウトはいつも美しく、余白の取り方やタイポグラフィの選定、色彩のバランスに至るまで隙がありませんでした。クライアントからの評価も高く、周囲のデザイナーからも一目置かれる存在でした。客観的に見れば、彼はデザイナーとして完璧なキャリアを歩んでいるように見えたはずです。

 

しかし、彼自身はいつもどこか冷めた様子でした。「デザイン、楽しいかなぁ…」と、雑談の最中にぽつりと漏らしていた姿が今でも印象に残っています。

彼にとってデザインは、単に頭の中にある最適解を効率よく画面上に再現する作業に過ぎなかったのかもしれません。どれだけ周囲に絶賛されても、本人の心が満たされることはなかったのでしょう。

結局、彼はしばらくしてグラフィックデザイナーの仕事を辞め、全く別の業界であるアパレル系の営業職へと転職していきました。本当に素晴らしい技術を持っていただけに、当時の僕はかなり驚きました。

同時に、一つの疑問が芽生えました。これほどまでに才能に恵まれた人が、なぜ辞めてしまったのか。デザインを続けるために真に必要なものは何なのか…と考えさせられたのです。

 

試行錯誤を「負担」と感じない強さ

試行錯誤

デザインのプロセスは、想像以上に地味で泥臭い作業の連続です。一つのグラフィックを作るだけでも、文字の大きさを数ピクセル単位で微調整したり、何十パターンもの色味を試したり、レイアウトを組んでは壊す作業を繰り返します。

デザインが好きでたまらない人にとって、この膨大な検証作業は苦になりません。「もっと良くできるかもしれない」「この組み合わせを試したらどうなるだろう」という純粋な好奇心が原動力になり、時間を忘れて画面に向かい続けることができます。

彼らにとって、試行錯誤は「苦労」ではなく「実験」です。

しかし、デザインに楽しさを見出せない人にとって、この工程は単なる負担でしかありません。効率よく正解に辿り着くスキルを持っていたとしても、終わりのない微調整や修正の繰り返しは、少しずつ心のエネルギーを削り取っていきます。

技術が高い人ほど、短時間で「80点」のクオリティに達することができます。ですが、そこから「100点」、あるいは「120点」を目指すための泥臭い試行錯誤を楽しめない場合、ものづくりを続けること自体が苦痛になってしまいます。

 

「好き」は後から育つ技術を凌駕する

デザイナー

今、自分のデザイン技術に悩んでいる人は多いかもしれません。周りの上手い人と自分を比べて落ち込んだり、思い通りの表現ができずに歯がゆい思いをしたりすることもあるでしょう。

ですが、もしあなたが「デザインの過程そのもの」を楽しいと感じられているなら、それはすでに最強の才能を持っています。

技術や知識は、正しいアプローチと時間をかければ後からいくらでも身につけられます。ツールの操作方法やグリッドシステム、色彩理論などは、学べば学ぶほど着実に自分の血肉になっていきます。

一方で、「試行錯誤そのものを面白いと感じる心」を後から意図的に作り出すのは、非常に難しいことです。

なかなか思い通りのレイアウトが作れず悩む時間すらも、新しい発見の種になります。失敗作を何十枚も作ってしまう経験は、確実にあなたの目を養い、引き出しを増やしています。

上手いから好きになるのではなく、好きだから試行錯誤の回数が増え、結果として上手くなっていく。これが、デザインの世界における本質的な成長のメカニズムだと僕は信じています。

 

画面の向こう側にある「楽しさ」を見失わないために

もしあなたが今、上達の壁にぶつかって苦しんでいるなら、一度「上手いかどうか」という評価軸から離れてみてください。

「このフォントの組み合わせがかっこいい」

「この配色を試してみたい」

そんな小さなワクワクを大切にしながら、手を動かすこと自体を楽しんでほしいと思います。どれだけ見事な技術を持っていても、情熱が途切れてしまえば作ることを止めてしまいます。けれど、日々の小さな試行錯誤を面白がることができる人は、泥臭くても、遠回りをしてでも、ずっと作り続けることができます。

長く走り続けるために一番必要な燃料は、他人からの評価や洗練されたスキルではなく、自分自身の内側から湧き出る「楽しい」という感情です。

今日も画面に向かい、あーでもないこーでもないと頭を抱えながら微調整を繰り返す。その一見無駄に見える時間こそが、あなただけの素晴らしいデザインを生み出す最高の土壌になっています。自分の「好き」という気持ちを信じて、ぜひ今日の試行錯誤を楽しんでみてください。

 

デザインがとても上手いけど、本人はそんなにデザイン好きじゃない(楽しくない)という知り合いがいましたが、結局デザイナーを辞めていました。本当に上手かったのに。技術は重要ですが、やっぱり楽しいかどうかも大切ですね。

X (Twitter) – Aug 10, 2021

この記事は過去の自分のX(Twitter)のポストを元に、編集しています。

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トミナガハルキ

グラフィックデザイナー/AMIX 代表。独学でデザインを学び、パッケージメーカー→美容系ベンチャー→家庭用品メーカーでのデザイン・広報運営を経て独立。現在は小さな事務所を拠点にASOBOAD等のサービスを運営し、ロゴ・パッケージ・広告物を中心に制作しています。著書『#ズボラPhotoshop 知識いらずの絶品3分デザイン』は各カテゴリでベストセラーを獲得。2020年Adobe Creative Residency選出。ブログでは、10年以上の実務から学んだことや働き方のヒントを等身大の視点で発信しています。