Blog

過程評価重視の社会は、無駄な演出が増えるのではという余計な心配。

複数の会社で働いてきた中で感じたことの一つとして、勝ち方や負け方、いわゆる”努力や過程”の美しさを評価する人が一定数いることでした。

ただ情報を伝えるだけで問題のない資料に、過剰に装飾したり演出したりするのは典型ですよね。見やすくするだけなら、そこまでの労力は要りません。

 

そもそも努力や過程は可視化できない

努力や過程って、そもそも積極的に宣伝でもしない限り、誰にも知られないことの方が多いと思います。どんな努力や作業を他人がしているのかなんて分からない事が圧倒的ですよね。

・努力を可視化するコストもかかる

 

過程を賛美する傾向が強い社会だと、”過程の見せ方”にこだわる人が増えます。

そうすることで、何が起こるかと言うと「過程のコンテンツ化」だと思います。

「僕はこれだけ頑張りましたよ!」と、結果ではなく過程でアピールする事になります。そこで生まれるのは、無駄に見た目が綺麗な資料や、グリグリ動くパワーポイントのようなものではないでしょうか。困ったことにこれが結構魅力的に感じたりしてしまう時もありますが…(笑)

 

評価の順番が大切

ただ、過程は結果と結びつかせる事で、相乗効果で価値を高める事ができると思います。ブランドストーリーなんてまさにその典型です。「こういうバックグラウンドがあるから、僕はこのブランドを支持する!」という強い動機付けになります。

「過程のコンテンツ化」をうまく利用していると言えそうです。

 

じゃあ過程大事じゃないかと。

勿論、努力や過程は大事です。そこは全く否定しません。ただ、”先に過程評価ありき”というのが構造として違和感があると思っています。先のブランドの話も、「プロダクトが素晴らしい」という大前提がなければ、過程(ストーリー)なんて何の意味も成さないはずです。

 

① 結果出す→凄いね!どうやったの?

②過程見せる→やり方も凄い!もっと皆に知ってもらおう

という流れなら、過程評価も違和感無しです。

 

結果評価社会は息苦しいのか

結果結果って、息苦しいのでは…と思われそうですが、仕事においては過程で「頑張りましたアピール」に費やす時間的コストを大幅削減できます。良い意味でなりふり構わず突き進めますし、楽して勝てる人も、大変そうに演出しなくて済みます。

演出にかかるコストがまるっと要らなくなるという事は、心理的・体力的負担が軽減できるのではないでしょうか。ただただ、結果のために邁進することが出来ます。

 

Performance(パフォーマンス)という言葉には、「結果」と「演技」という意味の両方が含まれます。

僕はまだまだ結果で評価されていない若輩者です。結果を大事にしていきたいと考えています。

 

error: